ヴェネツィアの漁港へ魚を買いに

私のもとに日本から客人が来た。ここヴェネト州の料理を学ぶために料理教室とヴェネト州の穴場スポットへの訪問ツアーのためだ。


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道路脇の畑ではラディッキオが一面に
栽培され、その収穫風景も見られる

ここ北イタリアヴェネト州は海あり山ありで、その場所により表情を様々に変える面白さがある土地だ。短期間でそれらをすべて網羅することは難しいのだが、少しでも土地への理解を深めてもらいたいがため、まずは海の幸を郷土料理とするヴェネツィアの漁港キオッジャへと車を走らせることに。

本拠地パドヴァから東へ40kmほど。向かう先はヴェネツィアの特徴的な地形、ラグーナ(潟)に位置する町である。その道すがら、郊外へと進むにつれ、周囲は畑の広がる風景へと変る。目的地であるキオッジャ周辺は農業も盛んな地域。タマネギ、ニンジン、セロリなどの基本的なものから、春先のアスパラガス、秋から春先まで収穫が続くラディッキオが代表的な産物として知られている。


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キオッジャの魚市場。地元の人たちが
魚を買い求めにやってくる

秋が日に日に深まるこの時期に、ちょうど収穫期となるラディッキオ。その畑には作業中の光景が見られるようになる。このラディッキオという野菜は、イタリア国内でもヴェネト州でのみ栽培されている希少価値の高いもの。原種をチコリとし、ほろ苦く紫と白の鮮やかなコントラストのある葉を持つ。さらにはヴェネト州内でも地域により形が違い、ここキオッジャのものはラディッキオ・ディ・キオッジャとしてI.G.P(保護指定地域表示)に認定されている。特徴は丸い形。葉は比較的柔らかいので、サラダとして生食に使用される場合が多い。畑では黒味がかった緑色の葉を広げて育つが、収穫後、室に入れて日差しを遮ることで赤くなる中心部を食用とする。大変珍しい収穫方法だ。

このラディッキオの畑を左右に見渡す道路を走り抜けると目前にはラグーナが見えてくる。海面にはあちこちに船の通る杭がたち、葦の生える浅瀬が所々に見える独特の風景を眺めているうち、漁港の町キオッジャへと到着する。

ここはアドリア海沿岸でも最大の漁港、とはいっても特筆するほどの大きな町ではないのだが、岸には漁船が並び、カモメの飛び交う光景はやはり漁港らしさを感じさせる。


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マッツァネッティという小さなカニ

目的の魚市場は町の中心、運河に沿った場所に真っ赤なテントを構えている。魚を売る人も買う人も、そして並ぶ魚もテントの色を反映してすべてが赤らんで見える。なぜ真っ赤なのかというと、この赤らみが魚を新鮮に見せる効果があるのだとか。個人的にはなんとなく納得のいかない理屈だが、これが昔からの伝統。

ここではラグーナ沖で獲れる近海物を中心に、最近では輸入物の大型種まで様々なものが並ぶ。ここ近辺での魚介としては、アサリ、ムール貝、ホタテ、タコ、イカ類、小イワシ、スズキ、クロダイ、舌ヒラメなど。
今の時期だけのおもしろいものは、マッツァネッティと呼ばれる小さなカニ。大きなたらいの中でゴソゴソと動くそれらはそのまま沸騰した湯の中で茹でられ、オリーブオイルとたっぷりのニンニク、パセリとともに混ぜてアンティパストとしていただく。バリッと殻を砕いて中の身をほじくり出すようにして食べるのが“ここ流”。


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網を編むおじいさん。小道の軒先で
静かに作業を進めるが、声をかけると
人なつっこい顔でおしゃべりが始まる

私たちのお供をしてくれたイタリア人シェフのチョイスにより、どんどんと魚を購入。見る間に両手いっぱいに魚の入った袋が。
買い物を終え、漁から戻った漁師たちの作業を横目に運河沿いの小路を散策すると、漁に出る網を編んでいるおじいさんの作業風景に遭遇。手作業で網をつくる今や唯一の人らしい。
そして、コーヒーを一杯飲もうと入ったバールは、漁師たちの溜まり場。カードゲームに興じる人、この時間からワインを片手に仲間同士のおしゃべりで盛り上がる人などでいっぱい。一見コワモテな人たちも、元気よく挨拶しながらドアを開けると、愛嬌たっぷりの顔つきで迎え入れてくれる。
今やバールを含め飲食店ではどこも喫煙は禁止されているが、以前はこの小さなバール内はタバコの煙が充満していたのでは、と想像する。また、それが似合いそうな人たちの集まりだ。

さて、こうして購入した魚を持ち帰り、料理にとりかかる。タコやシャコは茹でて、小イワシは一度油で揚げ、甘酸っぱく仕上げたタマネギに漬け込んだヴェネツィアの伝統料理サルデ・イン・サオルとしてアンティパストに。イカや小魚はフリット(フライ)に、スズキはオーブンへ、エビはリゾットに、アサリとムールはスパゲティに……とそれぞれの素材にあった美味しい皿に姿を変える。

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夜の料理教室での一皿。茹でシャコ、
タコとセロリのサラダ、ヤリイカの
詰め物の盛り合わせ


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エビはラディッキオとともにリゾットに

夕方4時過ぎからとりかかった料理は、たくさんできすぎて知人を呼び集め、大勢でテーブルを囲みながら食べることに。結局片付けを終えて家路に着く頃には夜中の0時を過ぎていた。
好天に恵まれ、元気よく出発して楽しく過ごした1日だったが、早朝から夜中まで終日行動を供にした日本からの参加のKさん、終わるころにはちょっとお疲れモードなのだった。