ドロミテの麓へ、”マルガ”と山の料理


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北上する車窓から見える風景

北イタリア・ヴェネト州は南北に長く、その北端はオーストリアと接するドロミテ山脈。天気のよい秋の週末、ヴェネト州を北上しその山脈の麓まで足を運んだ。

私の住むパドヴァを車で出発、北側の大きめの町ベッルーノを越えた辺りから、チロル地方と呼ばれるイタリア文化とオーストリア文化の融合する地域に入る。道路標識や地名などの表示もイタリア語とドイツ語の二重表記となり、道路を挟む周囲の家々も石と木を組み合わせたこの地方独特の可愛らしい造りのものがあちこちに現れる。どこを見渡しても絵になる景色だ。

ここをさらに北上するように進むと『ラ・ストラーダ デル フォルマッジ・デッレ ドロミーティ ベッルネーゼ la strada del formaggi delle dolomiti bellunese』として、ベッルーノ県が指定しているチーズ生産者を統括するチーズ通りを示す看板が。


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牛の放牧場となる山間。
奥に見える岩山は、ポンペルモ山

加盟しているのは、34軒のマルガと38軒のリストランテ。マルガとは、夏季の牛の放牧場のこと。これらの場所では夏の間、牛や羊の放牧場が公開されており、その製品販売所及びレストランなどを訪問することできる。
むきだしの苦灰岩が連なるドロミテを背景に、山間の凸凹のある自然のなかで放牧されている牛や羊たち。彼らがゆっくりと動くたびに首に下げられている鈴があちこちで音楽のように鳴り響き、眼を閉じるとまるで『アルプスの少女ハイジ』の一場面に自分を置いているような感覚を覚える。
……という光景を夏季に眼にし、また心癒される牛クン達に再会したい、と思い同地に向かったのだが、秋冬の訪れの早い高地では、もうすでに牛や羊たちは山を降りてしまった様子。残念。


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山小屋レストラン前に到着。奥に見える
煙突からは肉を焼くいい匂いのする煙が

今は夏の間に家畜たちがのびのびと過ごした放牧地の整備やら牛舎などの清掃中。秋の青空がいっぱいに広がるこの日、澄んだ空気と草地の緑をバックに気持ちよさそうに秋風にひるがえる洗濯物を見て、マルガを後にした。

牛を見られなかったのは残念だが、これからは第二の目的、フォルノ・ディ・ゾルドという山間にあるお気に入りの山小屋レストランへ。
店内のテーブルにはあらかじめワインが設置されている。客は席につき、それを自由に飲みながら待っていると、ガラガラと押された大きなカートが運ばれてくる。そこに大きくのせられたポレンタ(トウモロコシの粉を練り上げたもの。この地方の主食となるもの)が各自の皿に切り分けられ、肉の煮込みやインゲン豆のサラダ、キャベツのサラダなどが運ばれてくる。


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ポレンタのカートをひく店員。大きなヘラでお皿へ

ここではどの客も一律メニュー。素朴な料理が次々と出てくるこのスタイルには、何度来てもワクワクさせられる。そして、ここで出されるポレンタのその香りのいいこと。挽きが粗く、食感も大変素朴。なんだか店を含むこの土地の雰囲気がそのまま表れたような感じがする。
次に続くのがムゼット(musetto)。これは豚の足の皮に肉や脂身などをミンチにして詰め込んだもの。これを長時間茹で、一口大に切って皿に配られる。
さらにはパスティン(pastin)と呼ばれるハンバーグが各自の皿へ。パスティンとは、ここベッルーノの伝統料理。粗くミンチされた豚肉に香辛料がたっぷり加わり、平べったくして焼いたもの。粗挽きされた肉の独特の歯応えとしっかりと香辛料が実にうまい。         
最後は鉄板で焼かれたフォルマッジョ。これら、いくら食べてもおかわりしても、カフェまでついてひとり15ユーロ(約2000円弱)。週末は満席で席待ちとなる、というのも納得。


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次々に運ばれる料理を自分の皿へ各自が盛り分ける

ちなみに同店は『インソンニア』(L’insomnia)という名で、これは“眠れない、不眠”という意味を持つ。店内の入口脇には暖炉が置かれそれを囲むようにベンチが設置されている。食後には寒くて長い冬の夜を、何時間でも暖をとりながら語り合う(喋りまくる?)、という寒い地方ならではの夜の過ごし方を指しているのだと思うが、または美味しいものを想像しすぎて眠れない、ということなのかどうなのか???

店は家族経営。前代から引き継いだ兄弟6人により同レストランや近郊にある宿泊施設、キャンプ場の経営などを一家で切り盛りしている。この地で生まれ育ち、そしてこの地で生きていく、彼らの生活がここにある。

北イタリアの素朴な風景と美味い山の料理。暑い夏に聞いた牛の鈴の音を頭の中で鳴り響かせながら、山を後にした。
季節は足早に変化している。