去年の夏、新潟に帰省した。
実家の茶の間でくつろいでいると、親戚から電話が入り、母が取る。
「今さ、チビが帰って来ったんさ」
チビ。末っ子長女である、私のことを指している。
「ほれチビ、もうすぐご飯だがね」
「チビ、今日は出かけるんかね?」
「Rちゃんから電話だよ、チビ!」
チビ、チビ、チビ、チビ。
名前を呼ばれることもあったが、父も母もほとんど私を「チビ」呼ばわり。
親にとって、いつまで経っても子どもは子ども―とはいうが、30歳を過ぎ、背の高さもとっくに両親を抜いている娘に向かって、「チビ」はないだろう。私は苦笑いするしかなかった。
3週間の滞在を終え、相模原に戻る前日。様々な料理を大量に作り、密閉容器に詰める母。それを宅配便に出す。宛て先は、私の暮らす部屋。
「帰ってからご飯作んの、なんぎだろ?」
新幹線の駅まで、両親が車で送ってくれた。
「ありがとね。また、春にでも帰って来っけさ」
降りようとした時、父が振り返る。
「おい、チビ」
こちらに突き出したのは、ビニール袋に入った、大量の小銭。
「これでジュースでも飲めや」
「お父さん、チビに渡そうか言うて、貯めったんよ」
母が続ける。
小銭でジュースだなんて、まるっきり「チビ」扱い。
「元気で頑張れよ。でも、無理はすんなね、チビ」
帰宅したのと同時に、荷物が届いた。段ボール箱にぎっしり詰まった、母の手料理。
「ご飯くらい、作れってがんに…」
つぶやいて、開梱した。
チビ、チビ、チビ、チビ。
ビニール袋も段ボール箱も、ずっしりと重かった。
チビ、チビ、チビ、チビ。
わらびの煮しめを食べながら、両親のまなざしを思い出し、鼻の奥がツンとした。