アルゼンチンでは「8月=タンゴ」と認識される。というのも毎年8月に世界中からタンゴダンサーやタンゴ愛好家がタンゴの発祥地であるブエノスアイレスにやってきて、タンゴ音楽、踊り、映画などタンゴに関わるすべてを満喫する“タンゴフェスティバル”が開催されるからだ。これはいってみればタンゴ愛好家の、タンゴ愛好家による、タンゴ愛好家のためのお祭り。
何をかくそうミロンゲラ(タンゴを踊る人)のひとりである私も、毎年この時期は時間が許す限りフェスティバル会場に脚を運び、タンゴオーケストラにタンゴショー、タンゴ選手権観戦などタンゴの真髄を楽しんでいる。私にとってタンゴは心の奥にある激しさと哀愁、情熱と理性、そんな対峙するかに見える感情を引き出し見事に共存させる世界へ誘ってくれる力を持つもの。そこに漂う陶酔感に何度も何度も酔っている。
こちらが絶品のミラネサ・ナポリターナ 期間中、プログラムは毎朝11時からスタートし、毎晩繰り広げられるコンサートが終了するのは夜12時頃、ミロンガ(タンゴを踊る場所)はその後も続くから体も心もタフでないと乗り切れない。またイベントはどんどん押し寄せるので、うまく時間を組んでご飯タイムを作らなければエンパナーダやボカヂージョ(Bocadillo、たくさんの中身が詰まったサンドイッチ)などのスナックをつまむだけで一日が終わってしまう危険がある。
私の仲間はコンサートの前後にステーキやミラネサ(薄くスライスした鶏肉や牛肉にパン粉で揚げた料理)を平らげるのを忘れないが……。そしてミラネサのなかでも揚げカツの上にトマトソース&チーズを乗せたミラネサ・ナポリターナは絶品! ステーキの付け合せではフライドポテトかサラダ、マッシュポテト・パンプキンが選べるのが通常で、ここでエネルギーを補う。
夜遅く、タンゴ音楽が流れるなかアルゼンチンが誇るマルベック(赤ワイン)を片手にブ厚いステーキを食べていると、この国がかつてヨーロッパへの食物輸出で栄えていた豊かな時代が今でも続いているような錯覚さえ覚えるが、実際は日常品のインフレ、高失業率など現状は決して明るくない。ただ経状の如何に関わらず、人生を楽しみきることに長けているのがアルゼンチン人。どんなときでも人生を豊かにする時間使いは変わらないのだ。その術が思いっきり発揮されるのが、タンゴのお祭り。人生の機微に通じるタンゴのコラソン(魂)を感じながらおいしい料理とワインに舌鼓を打っていると、時間の区切りを忘れる。
幸せ、ここにあり。
アルゼンチンおなじみのステーキ!
これでタンゴ魂をチャージ
タンゴの夜はまだまだ続く……