魯迅のライラックの縁

車の群れとピカピカのビル群の大通りからから中の通りに入って行くと、胡同(フートン)という昔ながらの街並みが静かに広がっている。そんなところに北京魯迅博物館と魯迅が住んだ家のひとつ「魯迅故居」がある。
仙台にも留学経験がある中国を代表する作家・魯迅。日本では中学や高校の教科書によく掲載されている『故郷』、風刺の名作と言われる『阿Q正伝』などでおなじみだ。
その魯迅に触れることができる北京魯迅博物館と魯迅故居、ここに一昨年9月、日本から来た友人たちと立ち寄ってみた。



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北京の胡同にある魯迅故居


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博物館内にある魯迅像

部屋を東西南北に配した四合院のある扉から職員の女性が出てきた。
「どこの国の人?」
「日本ですが、北京に住んでいます。魯迅は学校の教科書でも読みました」
「そうでしょ。日本からは大勢来てくれて嬉しいわ」
ざっくばらんに語ってくれる女性は四合院のそれぞれの部屋を私たちに案内してくれた。
「あなた、北京に住んでるのね。この庭のライラックは魯迅本人が植えたものなのよ。春になると花がいっぱい咲くからまた見にいらっしゃい」
「ええ、きっとうかがいます」
そう約束した。


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緑揺れる9月のライラック

9月ということもあり、魯迅のライラックは青々とした葉を揺らしているが、控えめな存在。関西出身の私はライラックの木を見たのも初めて、いや、ライラックの木を意識したことがない。だから恥ずかしながらどんな花が咲くかも知らない。好奇心もあってこの小さな四合院がどう花化粧するか見てみたくなった。でも春といってもいつごろ咲くのか。
長く寒い冬が終わり、少しずつ暖かくなると空が白くなる日が増えて黄砂が降る。風が吹くと砂が容赦なく目や口の中に入る。しばらくすると柳から綿帽子が付いた柳絮(リュウジョ)がプカプカ舞い始め、気を抜いていると鼻から吸い込んでしまう。待ちわびた春なのに厄介な春。
4月に入り桜が咲き、魯迅博物館のライラックが満開だという話を聞きつけ、慌てて見に行った。曇っていたが、それでも雨が降る前に行きたかった。


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見事に咲き誇る4月のライラック

魯迅故居の門をくぐると屋根まで花のテントのようになっているのが見えて一瞬息を飲んだ。2本の大きなライラックの木は白い花で、後から植えたと思われる小さな木は紫の花。末広がりに枝を伸ばして庭いっぱいに白い花を咲かせていた。青い空ならもっと映えるのに空の白さが恨めしい。しかし9月に見た時の存在感の薄さはどこへ行ったか、美しさはもちろん、のびやかな生命力さえ感じる見事な変身!

庭に立って花を見ていると、あの職員の女性が慌てて出てきた。
「日本朋友!」
ほんの数分話しただけなのに、彼女は私との約束を覚えてくれていた! 知り合いの少ない外国に住んでいると自分を覚えてくれる人がいるだけでも妙に嬉しい。あの世から魯迅が取り持ってくれていたのかと思うと、曇り空でも気分は清々しかった。