ヴェネツィアの居酒屋「バーカロ」巡り


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バンコに並ぶチケッティ(つまみ、総菜)の皿

海に浮かぶ中世の都市国家、ヴェネツィア。町は大小の運河が縦横無人に走り、それをフォローするかのように小さな路地が複雑に、迷路のように入り組む独特の町並み。大運河沿いにはヴェネツィア共和国時代の栄華に思いを馳せる邸宅が並び、一歩横道にそれると、それまでの喧噪を忘れてしまうくらいひっそりとした空間に迷い込む。

ヴェネツィアは世界有数の観光都市であるがゆえ、飲食店も数多いのだが、そのなかでも同地ならではの伝統的な業態がある。それが立ち飲みのできる居酒屋スタイル。“バーカロ”または“チケッテリア”と呼ばれるのがそれだ。

“バーカロ”とは、伝統的なヴェネツィアのオステリア(イタリア語で「食事付きの小さな宿」の意)のこと。店内のバンコ(カウンター)からグラスのワインを提供、そして小さなつまみを出すのが特徴だ。
なお、“バーカロ”の名は、“バッコbacho(=ギリシャ神話のワインの神様)”や、酒宴でどんちゃん騒ぐことを意味するイタリア語“バッカナーレbaccanare ”、また“ファ・バカラfar bàcara(バカラとは、干タラでヴェネツィアの代表的な伝統料理の素材で、“バカラを食べさせる場所”の意となる)が語源だという説もあり、定かではない。


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バンコで働く定員。注文のワインを注ぐ
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店外には、グラスを片手にした客が集う

客はバンコでグラスのワインを頼み、好みのつまみをとってもらう。このつまみは“チケット(複数形でチケッティ)”と呼ばれ、グラスワインのことを地元の人は“オンブロ”と呼ぶ。地元の人は「一杯飲もう!」に当たるものが「オンブロしよう!」で、朝から夜まで、時間に関係なく“オンブロする”のが地元流。
特に夕方近くになると、行きつけの店に連れ同士でフラリと……という光景が極めて日常的となる。それぞれのワインを飲み、店のあちこちで立ち話に花が咲く。子供や孫連れの人もいたりするが、子供たちも自分の好みのチケットを手渡してもらいかぶりつく。

気になるチケッティの内容は、ポルペッテと呼ばれる一口コロッケ各種、ヤリイカのフリット、魚介やカノッキエ(シャコ)のボイル、グリル野菜、イカの煮込みなどなど。店により多少変化はあるにせよ、たいていはこんなラインナップ。だが、やはりチケットの美味しい店は人気。

最近では、このバーカロだけにスポットをあてたガイド本なども出ているようで(日本はもちろん他国でも)、何かメモを片手にした外国人の姿も多く見受けられる。

さて、ある日の夕暮れ、バーカロを何軒か回る。路地と橋の入り組んだヴェネツィアの町の交通手段は、もちろん“足”。文字通り星の数ほどあるバーカロをハシゴするのが醍醐味だ。

ヴェネツィアのバーカロでももっとも歴史があるとされる老舗中の老舗が、1462年創業の『カンティーナ・ド・モーリCantina Do Mori』。
店内は細長くて薄暗く、バンコの後ろにはワインの大樽ダミジャーナが、天井には銅製の鍋がずらりとぶらさがる。そして正面にはチケッティが数多く並び……バーカロ好きにはたまらない雰囲気。椅子もなければトイレもない。昔からのスタイルがそのまま残る。
また、カンティーナ(ワイン蔵)というだけあり、ワインの計り売りもしているので、地元の人たちは空のペットボトルを片手にワインを買いにくる場でもある。
そして注目すべきはその営業時間。朝8時半から夜8時まで。夜からではない。朝から酒を飲むヴェネツィア人らしいスタイルなのだ。


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カンティーナ・ダ・モーリの店の外観
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ウン・モンド・ディ・ヴィーノで
盛り合わせたチケッティの皿

『カンティーナ・ド・モーリ』があるこの地区はヴェネツィアの中心地リアルト橋付近であり、多くのバーカロが集まる場所。最近日本人観光客にも人気がある店も多い。ほかの店にも行ってみよう。

店名は『ウン・モンド・デル・ヴィーノUn Mondo del Vino』。日本語だと『ワインの世界』という意味になる。小さな店内は壁沿いに備え付けの小さなテーブルと少しの椅子。そしてワインの充実を表しているかのように、たくさんのワインが明瞭会計で表示されている。そこで大部分の客は狭い店内で人と背中をぶつけ合いながら、もしくは店外で立ち飲みとなる。
人が多すぎてバンコに近づくのも容易ではないのだが、それもかきわけようやくたどり着くと、美味しそうなチケッティがたくさん並んでいる。注文を悩む間もないので、すかさずに目についたものを数種盛り合わせてもらう。
バンコの中で働く3人の店員は、かなりの忙しさのなか、ものすごい勢いで注文をさばきながらも、常連との大声(必然的に大声)でのお喋りの口も止めない。すごい喧噪のなかで各人が思い思いに楽しむのがいいところ。

こうして、自分の好みのバーカロを何軒もはしごしているうちにほろ酔い、いい気分で家路につくことができる。あちらこちらと小さな店に立ち寄っては、お気に入りを少しづつ増やしていくわけだ。

残念ながら筆者はヴェネツィア在住ではないので、ここから少し電車に乗ることになるのだが、帰るのを気にせずにいつまでに余韻に浸っていたい……というのが心情であり、真情でもあった。