白鷺湯 –至福時万事快諾の法則–

いきなり私事だが、このたび、とある銭湯の真向かいに引っ越すことを決めた。苦節30うん年。オレはついに、毎日銭湯の暖簾を眺めながら生きてゆく環境を手に入れたのだ。ありがとうみんな。ありがとう八百万の神々。これを機に、思いきって銭湯に出家しますよ。ええ、しますとも。俗界から身を引いて、湯の道に生きるのだ。浸かりまくるのだ。 


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というわけで、気候が良くなり肝臓を酷使している今日このごろ。みなさまはいかがお過ごしでしょうか? いよいよ夏の到来。夏と言えばやっぱり銭湯で、湯上りはやっぱりビールでしょう。
なぜ人々はビールを一口飲んだ後に「くぅ?!」とか「んめ?!」とか言うのか? あれはねえ、もう、耐えきれないんだね、歓喜の感情を。つまり至福の瞬間なわけだ。だからその瞬間に「何か買って!」と言ってサッと手を差し出してみると、おそらく98%くらいの人間は「ああいいよ!」といって、条件反射的に2、3枚の万券をスッと渡してくれますよ。
高杉式生態学ではこれを、“至福時万事快諾の法則”といいます。いいですね。さっそく身近な人間で試してみてください。


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さて、生態学はここまでとして、今回は中野区にある白鷺湯を目指すことにした。西武線の鷺ノ宮駅から競走馬に乗って約30秒。やがて右手に高い煙突が見えてくる。風格のある唐破風屋根は、風情溢れる正しき江戸銭湯だ。
さっそく、広々とした駐車場から細道に入ると、横手の方にこぢんまりとした入り口があった。ガラリとガラス戸を開けて身を滑り込ませると、なんとも渋い下足箱が並んでいる。
丁寧かつ慎重に靴を脱ぎ、穏やかな表情で履物を箱に納めた。カウンターの前では、腰を斜め45度に折り曲げて、正しく頭を垂れる。「それでは、お湯をいただきますゆえ……」。頭を垂れたまま、あえて語尾を聞き取らせないような静かな声で、番頭さんに入湯を告げる。
脱衣場に入ったら、まるで人が変わったかのように激しく服を脱げ。おらぁ! と怒号を張り上げながら、激烈に服を脱げ。他の湯客が少々怯えているようだったら、タオルを巻いて抱きしめてやれ。そうすればやがて落ち着く。


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浴場の壁画は、威風堂々たる富士山のペンキ画だ。やっぱりいいなあ富士山は。湯船に入る前には、必ず体を洗い流すべし。銭湯の湯はたくさんの人が共有するものだから、それは最低限のマナーである。ええな。
浴場の床がきれいだ。きっちりと磨き込まれている。こうしたところに銭湯経営者の心意気というものが反映されるのだが、中にはひどく不潔な所があるのも事実。以前、とある銭湯に行ったところ、床も湯も汚れまくっていて、げんなりとしたことがあった。
清掃が行き届いている銭湯は、やはり湯の方もいい。熱い湯に肩まで浸かって目を閉じると、歓喜の感情にも似た至福が込み上げてきた。
まさに、今誰かから「何か買って!」などと言われたら、サッと万券の2、3枚を渡してしまうに違いないだろうな。