読み進めながら、何度、鼻の奥がツンとしたことだろう。
電車中で人目もはばからず涙を流したりもする。
昭和22年生まれの、日本山岳史に燦然と名を残したアルピニスト・クライマーの生涯を追ったドキュメント・ルポルタージュである。
ジャーナリストである著者の手になる本作は、丹念に既刊の関連記事を拾集し、関連・関係者にインタビューを重ね、淡々と書きつなげる。であるがゆえに、それは理屈を超えて胸に迫り、あまりにも切ない感動を呼ぶ。
時々の社会・時代背景をジャーナリストとしての的確な目な捕らえ、時代を背にしたクライマー・長谷川を明確に位置づける。あたかも360度余すことなく、あるいは逆光で捉えた立ち姿さえあぶりだしてみせる。
それがまた、一層切ない。
何かを愛す。実存をかけて愛しつくす、というのはこういうことなのかもしれない。半端に御託を並べているのでは何も手にすることはできない。
では愛し尽くせば何かが得られるのか?
ナッシング!ただ、虚脱あるのみ。
それでもなお、愛しつくす。
それはもう神々しいばかり!
本作に登場したほとんどのクライマー、そして本作の著者も、もうこの世を去っている。
しかし、誰もがいずれ死んでなくなるのだ。
生は死をも包含する。しかしながら、その狭間のぎりぎりのところで天から降りる光を仰ぎ見た者は、あらゆる余分なものから解放されたところで聖者の極みに達するに違いない。
著者あとがき及び、長谷川の伴侶・長谷川昌美の解説に、もう一度熱くした胸の疝痛がいつまでも消えやらない。
作者名:佐瀬 稔
ジャンル:ルポルタージュ
出版:中公文庫