およそ1国を現在に至らしめている「歴史」、しかも他国の歴史をどれくらいの人間が紐解くだろう。自国の歴史でさえ、危ういというのに。
ましてや、大っぴらに口外されることのない、いうところの裏の歴史ともなれば、メディアリテラシーなど洒落たことを言っても、到底考えも届かない。
表題の「金門島流離譚」と「瑞芳霧雨情話」の2編、いずれも「台湾事情」が舞台だ。
台湾事情はすなわち中国事情でもあり、遠くは日本事情とも絡み、大戦後の処理が完了していない、きわめて複雑な世界事情でもある。
「台湾」という国は存在しない。なのにTPE・中華台北(台湾)/Chinese Taipeiという名の下にオリンピックに選手団を送り出している。
いわば、長い民族の葛藤の末に、大戦が生んだ私生児。ファジーなまま放置されているのは、解決しようとすれば多くを巻き込んだ血なまぐさい状況に及ぶからだ。
そのいかがわしくもきな臭い混沌の世界で繰り広げられる物語は、ある種、荒唐無稽をも現実のものとして読む者に納得させてしまう。船戸作品の真骨頂なのだろう。
船戸作品はどれも現代史を裏側から紐解くという緻密な作業の上に成り立っていて、読み積むにつれ現代史観が猛烈に変わる。というより如何に「何も知らずに生きているか」を思い知らされる。
今の今まで「人生観」といっていた自らの整頓の仕方からして、ただの不甲斐ない心情でしかなかったのではとがっかりする。
「金門島流離譚」、「瑞芳霧雨情話」を読み終えたころ、「なんちゃら台湾ツアー」に参加することすら怖くなる。
作者名:船戸 与一
ジャンル:小説
出版:新潮文庫