信州の四季の移ろいや身辺の様々、医療従事者としての日々に寄せたエッセイ。それぞれは文庫の、わずか2ページにも届かなかったり、多くても3ページほどだったり。
ところが案外読み終えるのに時間がかかる。1編ずつ、読む歩を休めて自身の胸のうちをのぞきたくなったりするからだ。
説教くさいというわけでは決してない。突出した価値観に圧倒されるなどということもない。むしろ水彩画のよう。水筆が偶然に作り出した色の広がりや交じり、押さえの線描はラフに見えて、実は総体を形を越えたところで確実にとらえる。そのさらっとした温かみに心底ほっとして、垣間見るラフ感にはフッと笑えたりする。
文庫の表題は「ふいに吹く風」だが、数多く収められた掌編エッセイには1篇たりとも同じタイトルの作品は見当たらない。わずかに10数編ずつをまとめた章塊に1行あるのみ。
にもかかわらず、読み終えて表題の意味をしみじみ味わう。筆者の深い想いが隅々まで染み渡っていたと知る。
生あるもの必ず死あり。
老いて生を終えるもの、病を得て心ならずも道半ばで逝くもの。さまざまな生の果てにはまた、様々な死があるようにも見える。
どんなふうに「それ」がやってくるにせよ、最後の一瞬は「ふいにやってくる」。
風のように…。
作者名:南木 佳士
ジャンル:エッセイ
出版:文春文庫