懐かしさで満たされる。
日本の原風景の中で「和」な「死」が語られる。
人間、このように生き、このように逝けたら、どんなにいいだろう。四季折々の恵み拠り生かされるを魂が識り、自然の一部として悠々と生き、季節が替わるように「死」を受け容れ、風に雲がなびいて散るように逝く。
メメント・モリなど大袈裟にいうことすら「お恥ずかしい」と思えてくる。光と影、生と死など二律背反ではなく、「隣の部屋のドアを開けて入るようなものだ」というような意味づけをするでもなく、それはもう「死」さえ抱きかかえる「生」がそこにはある。
「死」さえ懐かしい。
ゼーハー・ゼーハー喘ぎ、喘ぎ山道を行き、ようやっと登りつめた山頂で目にした山々の光景のように新しく、胸に迫る感動に満たされ、汗ばんだ首筋に当る風のように爽やかで有り難く、目を閉じてまぶたに感じる陽光のように間近で優しい。
作者名:南木 佳士
ジャンル:小説
出版:文春文庫