アラスカ物語

「あっさり」に過ぎるのでは、と思える文体だが、少し読み続ければそのなぞは解ける。
過度な表現を抑え、綿密な取材で足跡を追いながら、事実を超えた人の真実を伝えるに必要最小限が著者の視線で語られる時、読み手の胸には実在の人物の「さもありなん」風貌さえ像を結ぶ。

1年のうち大半は夜に閉ざされ、数ヶ月は薄い太陽が沈まない。雪と氷の大地、想像を絶する極寒のアラスカ。地球ってスゴイ!
「地球」観が変わる。
苛酷な自然環境の中で黙々と耐え、むしろそれを謳い讃え喜び暮らすエスキモー(エニュート)の人々。人間観が変わる。
生き抜くために編み出された「文化」や「伝統」や「社会規範」「価値観」から逸脱することなど、これっぽっちも思わない「群」の中からさえ、社会的誤謬をとらえ、異なった価値観を得ようとする人が現れる。およそ自己を規定している「文化」「規範」「価値」のいかに不確かでおぼつかないものか、とらわれることの馬鹿馬鹿しくも愚かなことかを思い知る。「社会的誤謬」などいう考え方そのものも一体どこから来てるんだ?と疑問になる。
これはかなりのショック!
同時についてしまった身の「垢」を落とすことの限りなく不可能を想うと、返って内側から幾分解けて頭が少し柔らかになる。おおらかな「自由」を心に得る。
順応しながらかつ反逆する。反逆かにみえて包含する。人間力への信頼を回復できそうな希望が見える。世界だって変わるかもしれない…。

よもや明治生まれの日本人がエスキモー社会に同化するさえ驚愕、ましてや指導者として「種」を率いたという事実!しかも関与した日本人が他に2人も存在した。
日本人観が確実に激変する。


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作者名:新田 次郎
ジャンル:小説
出版:新潮文庫

アラスカ物語(新潮文庫)