超スローピッチ。はっきり言ってキツイ。シンドイ。幾分ダルイ。
が、なぜか辛抱して読んでしまう。
こめかみの奥で行き場を失った土石流のように血管がドクドクと音を立てる。後頭部を内側から圧迫されるような痛みより深い不快感。気味の悪い浮遊感。6日間不眠がもたらす身体的・精神的状況の怖さを「共有せよ」とは著者の意図なのだ。
突き刺すような頭痛、現実感が遠のく鈍痛と現実乖離感が、しんどさを抱えて読んでいると身の内側に侵入してくる。
身体症状の悪変と精神の破壊をシンクロナイズして、わずかずつグラデーション表現して見せるには、いかにスローピッチが有効だったか読み終えてからとくと納得する。
人心に居つく「闇」。
闇を理解するには闇を照らしてはならない。闇のまま、その中に身を潜めて触覚を研ぐしか正体はわからない。
真闇に閉ざされた頑なな「男」を敢えて闇に閉じ込めたまま、一度も扉を開くことなく「了」とするかに見せて、最後の最後の土壇場でほんのわずかな隙間を差し込むからこそ、わずかな光の一筋が胸を突く。
最後の1行に視線を落としたまま、人の「哀れ」に胸の痛みをこらえる。
作者名:高村 薫
ジャンル:サスペンス小説
出版:講談社文庫