どれも20頁たらずの11作品を集めた掌編集。短編・掌編集というと、たいてい中につまらない、物足りないと思わせるものがあったりするが、この作品はどれをとっても「うーん」とうならせるものがある。
「花の名前」という作品がある.。
____桜と梅の区別もつかず「おれは不具だな」と見合いの相手の男が言う。「私でよかったら教えてあげる。花の名前も、魚の名も、野菜の名も」そう思って結婚して25年経ったある日、花の名前の女から電話が…
25年と言う同じ年月でありながら、妻と夫に同じようには流れはしなかった。妻は大地に根をはやし、母のように夫を包んだが、夫はやがてヒナが巣立つように翼を広げて世間の空を飛んだ。
__花の名前。それがどうした。夫の背中は、そう言っていた。女の物差は25年経っても変わらないが、男の目盛りはは大きくなる…。
よくある夫婦のパターンだ。
突然煮え湯を浴びせられた妻の心理。男と女の組み合わせ。夫婦関係の成り立ちのありようをサラリとした文章と対話体で、ここまで微妙に表現する。言葉巧み にというよりは「電話機の下に敷いた小座布団」や「食べると死ぬよと昔、母にいわれた、ジャガイモの芽」といった小物を脇役としてフルに使いこなし、それ に注がれる視線や扱う手に、無言のうちに語らせる。
段落の一つ、一つは優れたシナリオと有能なディレクターとの絶妙なコンビで仕上げたTVドラマのワンシーンを思わせる。他の10作品にも共通の映像的手法ともいうべき書き口は水上勉氏が「向田芸」と評するところだろう。
作者名:向田 邦子
ジャンル:小説
出版:新潮文庫