東野圭吾作品の人気キャラクター・加賀恭一郎が登場する新作『麒麟の翼』。シリーズ前作の『新参者』と同様に日本橋署の刑事として、胸にナイフが刺さったまま日本橋まで歩いてきたと思われる被害者の謎を追う。
殺人事件の犯人が判明する、というひとつの解決はラストに当然訪れるものの、そこへ向けて本書を貫いているのは“怖さ”、いや、このあとどのように展開していくかという意味ならば“空恐ろしさ”なのだと思う。 被害者側も容疑者側も、またその周辺に存在する人々も、殺人事件という非日常が降りかかってきたらどうなるのか。本書では序盤で、一家の大黒柱が殺されてしまったことで今後の生活がどうなるのか、そして周囲からも心配される被害者家族と、アルバイト先をクビにされてしまう容疑者の同棲相手の姿が出てくる。同情される被害者家族と冷たくされる容疑者側、ここまではなんとなく想像もできるのだが、あることからこの立場が微妙に入れ替わる。
テレビのワイドショーをはじめとして、隣人や友人までもが被害者家族に掌を返し始める様子の描写は、「よくぞここまで思いつくな……」と唸らされるのと同時に、実際に身の回りで殺人が起きたらこうなるんだろうな、という戦慄を覚えてしまう(これ、実は東野作品のお家芸。極めつけは『手紙』)。
そんな空恐ろしさを強く感じることで、「このままでは誰も幸せにならないのではないか、いや、そうじゃない、せめてこの人は……」という思いがページを繰る手を早くし、それが頭の中でどんどんとミスリードを組み立てていく。なぜ被害者は別の場所で胸を刺されながら日本橋を目指したのか、そしてタイトル『麒麟の翼』の意味は? 登場人物たちがそれらに気が付き始めたとき、ミスリードされた頭にアッと驚く事件の真相が伝わってくる——。
「帯には『加賀シリーズ最高傑作』と謳っていることだろうと思います。その看板に偽りなし、と作者からも一言添えておきます」——東野圭吾
おっしゃるとおりだと思います。東野圭吾、お見事!
最後に余談。
“加賀シリーズ”の新作を読むとき、いつも心待ちにしているのはある人物が再び登場すること。『新参者』でほんの少しだけ、待望の二度目の登場を果たしてくれた(と言っても特定はされていない)のだが、本作にはその姿はなかった。それでも、私はいつまでもその人物が登場するのを待ち続ける。
次回作に“彼女”の登場はあるのだろうか。あるといいな。
『眠りの森』という作品、よろしかったら。
作者名:東野 圭吾
ジャンル:ミステリー
出版:講談社