お雑煮
日本の冬のイベントといえば、なんといってもお正月。暮れともなれば、どこの家でもその準備に忙しい。とはいえ最近は「お節料理」も出来合いのもので揃ってしまうし、元日から営業しているスーパーもあるから、正月に備えての「買出し」もさほど大事ではなくなった。が、大晦日から正月にかけて、我が家には泊まり客が代わる代わるやってくる。家族や友人という気のおけない面々なので、特にあらたまった支度をするわけでもないのだけれど、それでも正月のことゆえ、昼日中から食べて呑んで喋って又食べて、という事になる。中でも我が家の正月料理に欠かせないのが、夫特製の「お雑煮」。
三浦大根
この「お雑煮」はちょっと変わっていて、鶏肉、かまぼこ、三つ葉、ねぎ、にんじん、だいこん、と、具沢山。そして更に、夫の出身地・神戸の特産物である「焼き穴子」が入るのだ。鶏と焼き穴子から良い出汁が出て、しかも焼き穴子の香ばしさが鶏の臭みを消してくれるから、コクがあるのにさっぱりしていて、いくらでも食べられる。そしてその旨味をたっぷりと吸いこんだ大根が、また美味しい。大ぶりのお椀いっぱいに盛っても皆あっという間に平らげてしまうし、お餅はいらないから具とおつゆだけ「お代わり」という人もいるから、雑煮の材料だけは暮れの買出しで、しっかり確保しておかねばならないのだ。特に大根は影の主役のようなものだから、やはり良いものを選びたい。
ふろふき大根
そこで登場するのが「三浦大根」。年末になると東京では一本400円とか600円にもなるというブランド野菜だけれど、幸いなことに三浦大根は湘南の特産物。この辺りの八百屋さんなら、高値の時でも一本200円はしない。大抵は100円前後で、丈の短い(でも丸まると太った)ものなら7、80円になることも。しかも八百屋さんは三が日をきっちりと休むため、その前に売り切ってしまおうと晦日が近づくにつれて値が下がる。まるで叩き売りみたいな有り様で、ついついその重さを忘れて買い込んでしまうのだ。胴回りが立派な特大の三浦大根を、丸ごと一本。
角煮大根
そう、身がみっちりと詰まっている「三浦大根」は、手に取ると驚くほど重い。重たい上に根も長く、収穫時の抜き取り作業が大変で、しだいに栽培する農家が減っていき、扱いやすい「青首大根」が主流になったのだという。家庭で「煮物」をすることが減ったため、生で食べやすい「青首大根」の人気が高まったことも、その一因であるらしい。が、昔から『お節の「なます」は「三浦大根」にかぎる』と言われているくらいで、酢漬けにしたり塩で揉んでも、くたくたにならない。生で食べればシャキシャキで、おろし立てはピリリと辛く、しばらく時間をおけばびっくりするほど甘くなる。火を通しても煮くずれせず、それでいて身はほっこりと柔らかい。
しらすおろし
こんなに優れ物の大根なのだから、美味しいうちに食べきってしまいたい。で、「お雑煮」以外にもどんどん使う。定番のおでんや味噌汁、ふろふき大根もいいけれど、スープ煮にした大根に豚の角煮をのせれば酒の肴になるし、甘塩鮭とネギを焼いて、たっぷりのみぞれあんでひと煮したものも乙な味。箸休めには、薄切り大根に大葉と梅肉をのせたり、これも湘南特産の「釜揚げしらす」や冷凍庫で眠っているタラコを香ばしく焼いて大根おろしと共に。「大根サラダ」は和風ドレッシングで和えれば日本酒によく合うし、魚介類(貝柱やツナ)や肉類(大和煮や焼鳥)の缶詰と共にマヨネーズやオリーブ油で和えると(たっぷりレモンを搾って)、ワインにもぴったり。そしてまた「火を通しても煮崩れない」というこの三浦大根は、「炒めて」も美味しいのだ。細切りにした塩昆布と、あるいはベーコンや豚肉と炒めれば(ザーサイを加えれば中華風)ご飯の「おかず」としても十分なボリュームで、旨味をたっぷり吸いこみながらも歯応えはしっかりとしているから、ついつい箸がとまらなくなる。散々呑んだあとの仕上げには、さっぱりとした浅漬けも欠かせない。しゃっきりと瑞々しくて、大満足の仕上げの一品。
鮭みぞれ
大根というと、なんだか地味で「おもてなし」というイメージから離れているように思うけれど、皆が「美味しい!」と声をあげて驚く三浦大根は、立派な「ご馳走」だ。と偉そうに書いてはいるけれど、常日頃から我が家の食事は殆ど夫が作るので、わいわいと賑やかな正月のあいだもそれは変わらない。私は助手として切ったり洗ったりするだけなのだ。だから、入れ替わり立ち替わりの客人がそれぞれ笑顔で帰っていった後、まだ大根が残っていたら、それをごそごそと取り出して角切りにし、蜂蜜(水飴でも良い)に浸して「大根飴」を作る。
大根飴
しばらくすると蜜に大根のエキスが滲み出てくるから、風邪予防になるというそれをスプーンにひと匙、お湯で割って夫に供する。美味しい料理を作ってくれたことへの労いと感謝をこめて(それを残り物で、おまけに手間要らずの大根飴で済ませようというのも、どうかと思うけれど)。
こうして暮れに買い込んだ特大の三浦大根を丸ごと一本、余すことなく食べ尽くした頃、ちょうど松が明ける。そしていつも通りの静かな暮らしが戻ってきて、ようやく我が家の新しい年が平穏無事に始まるのだ。