パスクア=復活祭。キリストが十字架に架けられて埋葬された後に復活したとされる日。この日は祝日となるが、毎年日付の変わる移動祝日となる。春分の日が過ぎた最初の満月の次の日曜日とされているため、今年のそれは4月12日。
長かった寒い冬がすっかりと影をひそめ、時計も夏時間に変更されるこの時期。季節はすっかり春を通り越して夏の空気を肌で感じる頃。日を追うごとに目に見えて日が長くなり、日差しも急激にその輝きを増すのがちょうどこのパスクアの時期である。
スーパーの売り場も大きく場所がとられている。
このパスクアに欠かせないもののひとつ、それが『パスクアの卵L’uovo di pasqua』。
卵の形をしたチョコレートだ。街じゅうのお菓子屋、パン屋、スーパーなどには色鮮やかな包装紙にラッピングされた大小のこれらがところ狭しと並べられる。
これらのチョコレート、一般的には中が空洞になっており、“ソルプレーザ”と呼ばれる小さなおもちゃが入っている。
さて、なぜパスクアに“卵”なのか。
それは、まさしく卵が生命のシンボルだから。鳥の産み落とす卵は“肥沃、豊潤”を意味するもの。そして春先に卵をかえす巣をつくることから、春の訪れを告げるものであることもつながっている。
卵形の型にチョコレートを塗り重ねていく。
つまりは、時代・世紀に春が訪れたこと、キリストがこの世に復活したことの証明。卵から雛がかえるように、キリストが不動のものとしてこの世に復活したことへの喜びを表す。
さらにはパスクアの卵をデコレーションすることにも意味があり、赤、青、黄色、白など鮮やかな色合いは“春”を象徴、大地と空を表しているもの。そのなかでも、赤はキリストの血を象徴するものだそうだ。
私は今、レストランのパスティッチェリア(お菓子部門)に配属されているのだが、このパスクアの週はまさしくチョコレート漬けの毎日が続く。
パスクア当日の趣向を凝らした特別メニューに備え、料理の最後を飾るドルチェの皿のために縦の長さ5?6cmほどの卵型チョコレートの作成。卵の形をした型にチョコレートを流し入れて固め、それを抜くのだが、それがなかなかきれいに型通りに抜けず、何度も失敗をくり返しながら、数百個の卵型チョコレートを前夜までにどうにか完成。
つなぎ合わせてようやく卵の形に。
デコレーションの作業中。
それよりもなによりも、すごかったのが40kgもの巨大卵型チョコレートの製作だ。
高さ1mもあろうかと思われる卵型(半卵型)にチョコレートを流しこみ、刷毛でまんべんなく丁寧に塗る。そしてそれを固め、再度チョコレートを流しこみ刷毛で塗り、固め、また流し、固め…。厚さがどこも均等になるように注意を払いながらゆるやかなカーブのチョコレートの壁をつくっていくのだ。
幾度もこの作業を繰り返して厚みを出す。塗ったらその度ごとに乾かさなくてはいけないので、とにかく時間がかかる。片方の卵型がようやく厚さ3?弱になったところで型抜き作業。これが刷毛塗り作業よりも気を使う。なにせ、ここでバリッと割ってしまったらここまでの作業も瞬時に水の泡。細心の注意を払い3人がかりでようやく型から出し、とりあえず静かに保管。さらにこの作業をもう一度繰り返して両対を完成。
ここからがまた大変。それらをつなぎ合わせなければならないのだ。つなぎ合わせる糊の役目ももちろんチョコレート。片方で20?もあるチョコレートだ。自身の重みで何度も崩れそうにもなりながら、あちこちをどうにかつなぎあわせてようやく卵の形として独り立ち(?)。よく見るとあちこちにつぎはぎをした苦労の跡が見え隠れしているので、それをデコレーションで誤魔化しながら…
ふ?、やれやれ。
思うように事が進まず、最終的に完成したのはパスクアのランチ当日の朝。
店内に置かれた汗と苦労の結晶。
平和を願うメッセージ(イタリア語、フランス語、英語、ドイツ語、もちろん日本語も!!)を書いた紙を中に忍ばせ、ようやく完成。レストラン入口付近に鎮座する。
「やっと日の目を」と思いきや、その3時間後には早速ランチタイムにその卵は壊され、お客さんに配られた。
人々は、パスクア当日は「Auguri!!(アウグーリ!!)」「Buona pasqua!!(ブォーナ・パスクア!!)」と会う人ごとにおめでとうを言い合って、いちいち抱擁しあう。キリスト教信者でもない私は、正直なところパスクアのこの日を祝う気持ちは盛り上がりに欠けるのだが、こういう人たちを見ていると「あーおめでたいんだなぁ…」なんて思いながら、なんとなくその気分に浸っている自分もいたりする。
それにしても、私にとってのパスクアは“チョコレートの悪夢”。 しばらくはチョコレートから離れていたい。