憧れの「北方稜線」なのに……
「うーん! 50パーセントかな!?」
8月9日、仙人池ヒュッテで夕食後、コーヒーを飲みながら本郷さんが言った。モンブラン、マッターホルンの私の登頂可能性のことだ。ほんの2週間前に「80パーセント」と言ってもらえたのが、出発までもう6日のこの時点で30パーセントダウンでは「あちゃーッ!」ではあるが、内心では「50はキープできた」と喜んだ。それほどにバテバテな自分を痛感していたから。
剣岳北方稜線……。聴いただけで、いい響き。憧れのバリエーションルートだ。だから、もうちょっとしゃんしゃん歩きたかった。
前回の山行から中1日しか開いていないとはいえ、雨天で「剣岳・本峰南壁」から「龍王北壁」に変更になり、その上取り付いて3分の1ほど行くか行かないうちにスコールのようなどしゃ降りに見舞われ、途中でエスケープルートを降りたから、3時間ほどしか歩いていないのだから、疲れが溜まってというわけでもあるまいに。
池ノ谷乗越から長次郎谷を見る
8月8日:室堂から剣山荘へ
のっけから、歩きがキツイ。だいち、出発後すぐにスコール?にやられて、みくりヶ池の傍の小屋へ逃げこまなければならなかった。
何度も歩いて馴染んでいる御前小屋までの2時間余が長く感じられる。ようやっと御前小屋へ到着したら、Kさん、Oさん、本郷さんはすでに剣山荘へ向けて降り始めた後だった。
いまいちnot甘露なビールを飲みながら、明日からが思いやられた。
8月9日:剣山荘から北方稜線・仙人池ヒュッテへ
早朝4時30分に出発。歩いているうちに空がしらんでくる。どうやら天気は上々! 6時半ごろ山頂着。今シーズン5度目の剣岳登頂だよ! スゴくない? ワタシ?!!!
何回登っても素晴らしい!!
それにしても山頂から眺める北方稜線のなんと迫力!
「写真撮れる余力があるんなら、もっとちゃんと歩いて!」
あ、怒られたッ!
「ビールとメシとカメラの時だけ元気なんだよ!」
ス・ス・スマセン!!
池ノ谷乗越から池ノ谷ガリーを見る
天に向かって真理を指し示すかのように突き上げる北方稜線の岩峰の数々。湧き上がる雲、如何にも夏らしい青い空。ステキだ!!!
のこぎりの歯をたどるが如く登ったり降りたりで池ノ谷乗越到着8時半。長次郎谷の雪渓を見下ろすと「よくもまあ、この長くて急な雪斜面を上がったもんだ」と以前の山行を思い返すだに、足がブルッとなる。
長次郎雪渓とは反対側のガリーを降りる。細かい土砂や岩くれの堆積斜面は一足ごとに足の下で動く。恐れて腰が引け、体重が後ろに残ると、なおのこと滑る。滑ったりすると自身も危ないが、岩くれを落とすと下を行く人に危険が及ぶ。慎重に、なおかつスピーディーには、なかなか難しい。三ノ窓着、9時。
小窓のコルから雪渓を下降する。アイゼンはつけない。剣周辺で今まで、結構な雪斜面をアイゼンなしで何度上り下りしたろう。その度に、踏み出しの時には「怖い」と思ったりする。「怖くない!」自分に言い聞かせ奮い立って、きちんと体重移動を心がける。できるだけスプーンカットの窪みに足を置く。なんとか、ここまで歩けるようになれたのは実に「剣」のおかげかな、と思う。
小窓雪渓から池ノ平。さらに仙人池ヒュッテまでが長い。道が安定してくると皆、どんどん歩くから、早晩ノロマは置いていかれる。ウンザリ泣きべそで14時ごろ着。
三ノ窓から見たチンネ左稜線
8月10日:仙人池ヒュッテから二股、真砂沢、剣沢を経て室堂へ
早朝3時40分出発、室堂着12時。
1日目の3時間余、2日目の10時間弱、そして3日目の8時間弱の歩き。もしかしたら連続3日歩きは始めてかも、を言い訳にしたとしても、話にならないほどクタクタになった。けれどキツクはあっても真砂沢、剣沢の雪渓登りは、遅いながらどこか楽しい。それが不思議。やっぱり剣マジックだな。
御前からの降りは飯島さんがついてくれて、ヨレヨレで歩いた。
登りの際は「顔を上げて身体を起こして、背筋を伸ばして、しっかり体重移動」、降りには「膝を曲げて、背筋は伸ばしたまま腰を落として前傾」。今までの山行でも今回でも、何回同じことを言われたろう。わかっていてもなかなかできない。段差を乗り越すのに、まだまだ脚力がそこまでないかして、疲れてくるとなおのこと、つい足元に視線が落ちて腰から上半身が前に折れたような格好になる。腿が疲労すると降りの際に腰が引けるものだから、滑るのを恐れてストライドが小さくなる。足数が多いわりに歩行スピードが出ない。省エネ、エコな歩きができないから、ますます疲れる。
「努力しているツモリ」は通用しない。「ツモリは如何にツモリになっていないか」、飯島さんが私の地獄谷の石段登りを撮って見せてくれる。
まだまだだな〜
小窓のコルから小窓雪渓を見下ろす
室堂、玉殿の水場広場で本郷さん、Kさん、Oさんが待っていてくれた。ひと仕切りの会話の後に、本郷さんは立山側へ、他の者は扇沢へ。
別れしな、本郷さんと握手。
「じゃあ、ツェルマットで!!!」
80から50へ登頂可能性30パーセントダウンについて考えた。それは80のままで成田を発ちたかったには違いない。けれど自らの心中を測るに、そう落胆はしていない。むしろ静かなのだ。ジタバタしていない自分が嬉しい。あとは全力を尽くすのみ! 熱い体温が心地よい。そういい感じなのだ。
「そうそう、いい感じよ。その調子。精一杯やればいい。ただし調子に乗るんじゃないからね〜」自身に言い聞かす。
「闘志は熱く、心は静かに頑張ってきます」
と本郷さんにメールした。
「自分のやってきたことを信じて頑張ってください。登れますよ」
と返ってきた。嬉しくなった。
結果は神のみぞ知る。頑張るのみ!!!
ここまでになれたのは、いつまでたっても結果を出せない私を放り出さず、叱咤激励で山行に連れて行ってくれた本郷さん、遅い歩きに付き合ってくれた本郷チームの方々、まずい歩きの私について歩いてくれた飯島さんのお陰だな〜とつくづく、感謝。
そして、ありがとう剣岳!!
行ってきます!!!
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