芸事も酒もその背景を味わうもの、そう思うに至る師走の夜

先日、老親の住む実家を訪れたところ、母が「お前、歌舞伎好きなんでしょ、これいる?」と数冊の本を差し出しました。見るとそれは3冊の「歌舞伎筋書」、あの劇場で売っているプログラムです。
けっこう高い(たしか1200円くらい)ので毎月いちばん安い席で見物する身分の僕には買えませんが、母にとっては「たまの歌舞伎見物」、なにかの記念にと買ったのでしょう。うち2冊はわりと最近(とはいえ当代勘三郎丈がまだ勘九郎名のころ)のものだったのですが、残り1冊がすごい。1973年「七代目尾上菊五郎・襲名披露興行」(「ななだいめ」じゃないですよ。「しちだいめ」)の舞台の筋書き。「ほほう、これはめずらしい」と手にとって見入ることになりました。
いやとにかく豪華なものでしたね。「京鹿子娘道成寺」に「弁天娘女男白浪」、いずれも脇役から端役まで重鎮揃い。もうすでに鬼籍に入っている役者さんも多く、歌舞伎好きには垂涎ものの配役です。思わず同席していた妻と、
P「うわー『聞いたか坊主』(道成寺に出てくる坊主(所化)の団体)が勘三郎と梅幸と羽左衛門!……て、どんなやねん!」
妻「みたい?!」
などという会話を繰り広げ、それを聞いた母が曲がった腰を伸ばして反り返りながら得意がるのを悔しく見ることに。偶然にも11月の演舞場で見物したのがその菊五郎丈の子息、菊之助さんの「道成寺」で、その舞台が近年になくすばらしい踊りだったので、悔しがりつつもそのプログラムをためつすがめつのぞき込んだのでした。

考えてみると落語も歌舞伎も音楽も、血縁関係、徒弟制度、切磋琢磨をその芸を披露する背後に従える芸能です。菊之助さんも背後に父親、祖父、その親類縁者を携えている、そこを僕たちは見物しているのではないか。
歌舞伎だけじゃありません。たとえばかのジェフ・ベックだってその背後にブルース、ロカビリーなど種々の歴史的音楽背景を携えている。いま見て聞いているこの芸も過去に脈々と受け継ぎ、受け継がれてきた「何か」を携えている。その「何か」を僕たちは今の背後に見て、そこに芸の深さを感じるのかもしれないのですね。
そこまで考えて思い至ったのが「酒も同じかもしれない」ということ。たとえば古いビンテージのワイン、たとえばやむなく蔵を閉じてしまったウイスキーのデッドストックが、どうしてもそれを味わいたいと願う人々によって高値で取引されるのは、ひょっとすると物故してしまった役者、ミュージシャン、噺家の芸を味わいたいと思う心に通じるものがあるのではないか。
スコッチ・ウイスキーも今と昔では味が違う、なんて話も聞きます。それを復刻版として再度ブレンディングして発売する、というのも珍しくありません。それは過去の歴史を今一度再現しようとしているのではないか。しかしそれはあたかもCGで往年の役者の舞台を再現するごとく、当時の現物にはとても及ばないのではないか。
となるとやはり、今この時に味わえるものなら自分の時間(とお金)が許す限り、それぞれの「今」を味わっておきたい……。

d20111220pic.jpgそんなことを大好きなアイレイ・ウイスキー「ラフロイグ30年シングルモルト」……は高くて買えないので先日宴会をした飲み放題の居酒屋で瓶に残ったのをかき集めて1本にして持ち帰った芋焼酎をロックで飲みながら考えた師走の夜であります。

しかしその居酒屋、飲み放題2500円で注文すると何本でも焼酎を持ってくるんだよね。立ち働いているのが学生さんのアルバイトなのでそういうことは気にしないんだろうけど、あれァお店的には赤字なんじゃないかねぇ。まぁもし今度行くことがあったらまた焼酎多めに注文して持って帰ってこようと思っているんだけどさ。

というわけで忘年会シーズンもたけなわ。皆様呑み過ぎと風邪にはどうぞお気をつけてすてきなクリスマス、並びによいお年をお迎えくださいますよう、と祈ってまた来年。

【Panjaめも】
●ジェフ・ベックが原点回帰、イメルダ・メイをボーカルに据えた レス・ポール・トリビュートのライブ・ステージ。
Rock & Roll Party: Honoring Les Paul
個人的にはこれのちょっと前の「打ち込み系シリーズ」の方が好きなんですけどね。

●ラフロイグと並ぶアイレイの雄・ボウモア。今回はこれを使って一品。
久しぶりに飲みたいなぁ。

※次回は1月17日の掲載です