本日の1杯 vol.16【太宰治と飲むレモンのモスコミュール】


P1040752_03.jpg

銀座最古のバー、5丁目の「ルパン」。
1928年(昭和3年)のオープンには里見とんや泉鏡花、菊池寛らが支援した。直木三十五、川端康成、林芙美子といった文人や、藤田嗣治、岡本太郎などの絵描き連、小山内薫、野重吉、滝沢修など演劇人など、そうそうたる面子が常連で、1936年にカウンターバーに改装されるまでは、女給がサービスする「カフェ」だった。華やかでかつ隠微な「カフェ・ルパン」では、紫煙たちこめる空間で前衛な芸術論が飛び交っていたのだ。

時代は流れ、1941年の開戦後には「洋風の名称はけしからん」と「麺包亭(ぱんてい)」と改名を余儀なくされた。戦況悪化で1944年には政令により一斉休業に追い込まれるも、1945年の空襲では辛くも直撃を免れた。

看板を見上げると、シルクハットを被ったアルセーヌルパンがこちらを見ている。重厚な扉を開け、古ぼけた階段を地下に降りていくと、店内がうなぎの寝床のように奥に伸びている。据え付けのスツールは中にギコシャコしていたりする。ヤチダモの木の一枚板のカウンターも時の流れとともにあめ色に磨き上げられている。かつての「文壇バー」さながら。


sake_03_03.jpg

お年を召した女性マスターにお伺いを立てると、モスコミュールを勧められる。もちろん、仰せのままに頼んだところ、年季の入った銅製のマグカップで出てきた。ジンジャーエールは辛口のウィルキンソンを使っているうえ、ライムではなく半分にカットしたレモンが入っているので、爽快な味わいだ。美味い。

メニューを見ると「中トロのシーチキン」の文字。注文したら、暖められた「シーチキンとろ」が、それもなんと缶ごと出てきた。大胆!
オイルサーディンはよく見るが、確かに、こちらも酒にぴったりだ。

2杯目に、マンハッタンを注文し、店内を見回していると、奥の壁際に、3枚の写真が貼ってある。戦後を代表する無頼派の織田作之助、坂口安吾、太宰治ではないか。撮影したのは、なんと昭和の代表的な写真家である林忠彦。ルパンがとりもった縁だったとか。坂口の自宅で紙くずまみれの中、ペンを握る写真が作品として知られている。

マンハッタンはベーシックなスタイル。とろりとしていて良い感じ。
カウンターの中には3人、いずれも客との距離感が絶妙にいい。客層も老若男女ばらばらだったが、妙に品が良い。スタッフや隣席とふた言み言交わしながら美酒に酔えば、思わず太宰の、坂口の「退廃」に触れたかと錯覚を誘う。

銀座の老舗バーとはいえ、決して高くはない。数杯のカクテルとつまみくらいなら、5000円で充分足りる。
たまにはそんな「異空間」で静かに杯を傾けるのもいい。


【ルパン】
東京都中央区銀座5-5-11 塚本不動産ビル B1F
TEL:03-3571-0750