環境大臣&国際交流大使ニシン、春の大活躍

春になると、北海道の海産物コーナーは、一段と華やかになる。長い間流氷に閉じ込められていたオホーツクの海が開くため、『オホーツク物』が一気に出回るのである。


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スーパーでも開きで販売中

春告魚(はるつげうお)の異名を持つニシンは、3月から5月ごろに産卵のために沿岸に押し寄せる。この時期のニシンは、大きくて脂がのっており、メスは5月の産卵を前に腹が卵で一杯になる。旬のニシンは、ビタミンA, ビタミンB12、ビタミンDに富み、多価不飽和脂肪酸(DHA=ドコサヘキサエン酸など、成長や発育に必要なエネルギー源)も豊富なので、日が長くなっても気温の低い北国の春の日々、風邪のお守りだ。
生のニシンを味わえるのは北海道の特権。旬のニシンは立派なメインである。本州では「身欠き鰊」が一般的なニシンの姿だ。昆布巻きの中に入っていたり、蕎麦の上にのっていたり。そういえばイタリアでも、もっぱら、フライにしてマリネ用、あるいはオイル漬け用の脇役魚だった。


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シンプルにニシンの塩焼き

北国の春を告げるニシンは、実のところ北海道の『環境大臣』なのである。最盛期には100万トン近くの漁獲量があり、明治から大正時代にかけて、北海道の日本海側で盛んだったのがニシン漁。そこで財をなした網元達が、競って「ニシン御殿」なる木造建築物を建てたほどであった。ところが1953年以降、温暖化の影響による海流、海水温の変化でロシア産にすっかり席巻され、北海道産のニシンにお目にかかれるのは春だけとなってしまった。漁獲高の激減に伴って、現在は稚魚の放流などの資源回復の試みがなされている。


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こちらあまりお目にかかれない
調理前のニシン

「魚を呼ぶには森を育てるべし」を合言葉に、メスが卵を産み付けるための木の植林などが行なわれた。その努力が実って、今年の春はめずらしくニシンがよく取れたそうで、スーパーの魚コーナーでもお手ごろ価格で生ニシンを購入することができる!

北海道のニシンは、国際交流にも一役かっている。北米ネイティブ・アメリカンであるクリンギット族は、日本のニシンと生物学的には同種にあたる太平洋ニシンを春一番の食材として利用する。彼らはニシンの卵の表面の色が変わる程度にさっと熱湯にさらし、アザラシ油につけて食べるそうだ。


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丸ごとマリネにしてみました

1953年以降の北海道産卵群ニシンの減少に伴い、日本人のニシン猟師がアラスカのベーリング海岸まで活動範囲を広げた。ニシン漁を通じて、漁師たちが地元のネイティブ・アメリカンやイヌイットと交流することになり、彼らの生活に日本の習慣を伝えたのだった。たとえば、最近の風味付けでは、ちょっと荒っぽいアザラシ油より、醤油を多用するそうである。

季節を問わず、食べたいものはすぐに手に入る現在。「土地に根ざした旬のものを旬の時にいただく」というのは、実は社会や世界のことを考えるきっかけにつながるものだ。
ちなみに、ニシンの卵を干したものや塩蔵品はおなじみの数の子ですね。