セビージャの春祭りとパンプローナの牛追い祭に並んでスペイン3大祭りに挙げられるのが、毎年3月15〜19日に開催される“バレンシアの火祭り”。
バレンシアの火祭りはラス・ファジャスと呼ばれ、ファジャ(複数形ファジャス)と呼ばれる張子人形が街中に展示される。バレンシア市内だけでも飾られる張子人形の数は600〜700体、周辺の村をも合わせると凄まじい数にのぼり、まさにバレンシア全体がテーマパークのようになる。
ファジャスは若者の間では「大きなフィギュア人形」とも。
製作費用もかなりのもので2013年もっとも制作費用が高かったファジャは……
1体31万5000ユーロ、およそ3900万円!張子人形のテーマは、経済や社会を風刺したものからアジアちっくな人物をモチーフにしたものなど様々。地域ごとにファジャス組合があり、組合員の会費や宝くじ販売などで製作費用を調達し、一年かけて張子人形を制作する。そして火祭りの名にふさわしく、最終日の夜にはファジャスはすべて燃やされる。
この、芸術作品を故意に燃やす“クレマ”(バレンシア語で「燃焼」の意味)こそが、火祭りを世界的に有名にしているのだが、そもそも「1年もかけて作った芸術を何故わざわざ燃やすのか?」、「作品が焼失されることは職人にとっては悲哀ではないのか?」、「燃やすとわかっているものに、どうしてこれ程の時間とお金を費やすのか?」といった疑問を持つ人も多いだろう。
クレマの起源は、中世、キリストの父で大工の神様である守護聖人サン・ホセの祝日である3月19日の夕刻に、大工職人たちが鉋くずや古い角材を集めて燃やしていたのが始まり。ある時に人形を投げ込んだら面白かったことから、人形をも燃やす習慣ができた。
張子のなかには花火や爆竹、巨大なものにはあらかじめ油も。
たちまち火が燃え上がる毎年作っては燃やされるファジャス、それでも作り続ける職人と支え続ける人々。「今年のファジャはとりわけよくできたから残しておきたい」そう思うときがあってもおかしくはないと思うのだが、毎年必ず3月19日の夜10時を過ぎるとクレマはやってきて、市民投票で一位を獲得したファジャス以外はすべて燃やされてしまう。
クレマが始まる合図として花火があがり、点火されてバンバンと爆竹が鳴り響いたと思うと、その火は瞬時に張子人形を包み、その姿を灰に変える。夜空を焦がすほどのすさまじい火柱があがって熱風も半端ではない。パチパチと飛んでくる火の粉を全身に浴び、すぐ目の前に広がる炎の熱で顔も体も熱くなる。そんな状態で人々はファジャスの最期を見届ける。ファジャスが燃やされていく様を目にして涙を流す少女もいる。ファジャス作りに関わった人たちにとっては、クレマこそが終焉であり節目、つまり「卒業」なのだろう。すべてが燃え尽きるまで10分。
住宅街の道にもたくさん置かれるファジャス。
最後は消防隊が出動「燃焼してはじめてファジャスは芸術として完成する」、「すべてを燃やす潔さこそに火祭りの価値がある」――地元の人はそう口を揃える。彼らにとって、ファジャスはその跡形を失っても、灰以上のものを残すのだろう。虚無感を超える「何か」に目がいったとき、私たちは火祭りを心から楽しめるのかもしれない。
さあ、火祭りが終わったら春。巧まずして、火祭りは春の到来を告げながらひとつの季節に終わりを告げ、消失感とともに進まざるを得ない人生の一面を表しているのかもしれない。卒業が別れだけではなく、新たな節目でもあるように、バレンシアでもまた次の季節が始まった。