vol.11:久田 恵私、ファンタスティックプロデューサーです。

久田恵さんといえば、ノンフィクションの第一人者。そのほかにも家族のことを書いたエッセイや、「なるほど」と思わせる人生相談のコメントなど、主に同世代の女性から圧倒的な支持を得ている。そんな久田さんに、新しい肩書きが加わった。
その名も「ファンタスティックプロデューサー」。
ファンタスティックプロデューサーって、どんなことをするんですか? 
「だから、ファンタスティックなことをいろいろやっていくのよ」
久田さんはあっけらかんと微笑んだ。

久田さんの30代は、シングルマザーとして食べていくために必死で書いてきた。
「その後、母の介護から始まって、息子の不登校と、私の40代はボロボロ!」(笑)

息子さんはその後、大検合格を経てめでたく大学へ進学。しかし、「今度は学費を稼がなくちゃならないでしょう」。介護と仕事を必死でこなす日々。

「でも、ここを脱したら、別の世界が開けると思っていたの。ところが、母を見送った後に、今度は父を介護しなければならなくなって」。ヘルパーを頼んでの在宅介護のなか、久田さん自身も体をこわして入院した。


vol.11_01.jpg

「50歳をすぎても、まだ大変。結局、20年近くも介護をやってきたわけ。自由なんてなかなか得られないと実感しましたよ」

そこで、久田さんは気がついた。それなら、その「大変」を抱えながら、ファンタスティックな生き方を見つけよう!

そして、まずできることからと「花げし舎」を立ち上げ、HPで参加を呼びかけ「アリスのお茶会」を開催した。

「へんてこりんな生き物たちが好き勝手にしゃべりあう。でも、終わってみると、なんだか楽しかった…」。久田さんはお気に入りの童話『不思議な国のアリス』に出てくる、そんなお茶会をイメージした。


vol.11_02.jpg

それぞれの道を歩んできた女性たちが集い、お茶とお菓子を食べながら、好きなことを話す。趣味のこと、家族の悩み、最近見た映画の感想…。とりとめもないおしゃべりがメインだが、久田さんオリジナルの演出が場を盛り上げる。
あるときはピアニカとバイオリンが奏でる、懐かしさ漂う曲でお出迎え。あるときは新緑の公園でワインを飲みほろ酔い気分でいると、向こうからサックスの調べがどんどん近づいてきて、一同ワクワク…。ストリートライブで出会った女性奏者に久田さんが声をかけたとか。

また、お茶会の参加者が「バイオリンを少々…」と言ったら、次回ではその人が演奏を担当、なんてことも。

久田さんがもうひとつプロデュースしているファンタスティックが、「パペレッタ」。
昨年9月に人形と道化師と音楽ファンタジー『まざあぐうすの唄芝居』の公演を行った。


vol.11_03.jpg

20代から50代の演じ手たち。老いも若きも男も女も入り混じり、「しっちゃかめっちゃかだけど、楽しかった」。脚本、演出から舞台装置、楽曲まで、ほとんど手作りのパペレッタ公演は大盛況だったとか。
『まざあぐうす』は北原白秋の訳詞によるもので、ナンセンスでシュールな世界をパペレッタで表現した。

「で、今度はね、芥川龍之介原作の『桃太郎』とグリム童話の『ブレーメンの音楽隊』をやるのよ」。

次回公演に備えて、仲間を募りパペット作りを楽しんだり、ボイストレーニングなどのワークショップも計画中の久田さん。
あのー、それでは、作家活動は? 「ノンフィクションはね、息子が同じ世界に入ってしまったので…」
久田さんの息子、稲泉連さんは大学在学中に作家デビュー。昨年、『ぼくもいくさに征くのだけれど?竹内浩三の詩と死(中央公論新社刊)』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した(久田さんも1990年に『フィリッピーナを愛した男たち(文藝春秋)』で受賞しているので、親子W受賞という快挙!)。


vol.11_04.jpg

「おじいちゃんと息子とで温泉に行ったとき、私も息子も仕事持参だったの。夜、おじいちゃんが寝てしまうとヒマでしょ。それで、ふたりでテープ起こしを始めたら、競争になって。私たちってヘンな親子でしょう。息子は15歳からパソコンを使いこなしているから打つのが早いの。だから、負けた(笑)そうしたら、体中が脱力しちゃって」

ちょっと弱気? と思いきや
「私ね、若いとき童話作家を目指していたの。これから、10年計画で童話作家になろうと思うの!」
今、久田さんは『ぽよよの不思議な毎日』という童話を、生協で販売する雑誌『poco21』で連載中である。

大学在学中に家出して人形劇団の門をたたいたり、子連れでサーカス団に飛び込んだりと、久田さんは、思いたったら即実行が信条の人。
「今、書いている童話を紙芝居にしたいし、パペレッタで全国巡業をしたい」。
夢はどんどんふくらむ。いや、夢ではない。 久田さんはいつだって本気。マジ!で遊ぶ、掛け値なしのファンタスティック系ASOBISTなのだ。

vol.11_prof.jpg

【プロフィール】
作家
転職20回のシングルマザーを経て1990年『フイリッピーナを愛した男たち(文藝春秋)』で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞
ファンタスティックプロデューサー

HP:花げし舎
●久田恵さんの近著
シックスティズの日々
母のいる場所
女の悩みは男の数ほど