Vol.68 多賀谷治――立山の”哲人”が語る「ガイド」と「アノ人」

秋田の"鉄橋"が生んだ、立山が誇る山岳ガイド

—-多賀谷さんは年齢はおいくつでらっしゃいますか?
多賀谷●そうだなあ、昭和30年(1955年)の生まれだから……57歳か。57歳……あと3年で60歳……還暦になっちまうな。
—-私は63歳ですよ。
多賀谷●はああ……63歳ですか。
—-3歳差し上げたら同じ歳になりますね(笑)。
多賀谷●あ、それいらないっす(笑)。
—-そうですか(笑)。そんな多賀谷さんの57年で、山に登り始めたのは何歳くらいからなんですか?
多賀谷●それはねえ、高校のとき……ああ、中学くらいからやっとったかね。地元の山で道路と汽車の鉄橋が交差するところがあるでしょう?
—-? はい、たしかにあるでしょうね。
多賀谷●そこで鉄橋の下に潜り込んで、汽車が来るまで線路から頭を出しておいて、来たら引っ込める。そうしたら上ではゴーッ!と通り過ぎて…………あ、思い出しました。中学ではなく小学校からこんなことしてましたな。
—-な、なにをしているんですかっ(笑)。
多賀谷●危ねえよなあ。でもあれが原点かもわからんわね、おれの。グワーッ!!と通り過ぎていくんだよね、頭の上を。
—-お生まれは秋田ですから、秋田の山でやってたんですよね、そんなことを(笑)。
多賀谷●そうそう、そんなことを(笑)。下は川でね、これまた川の水がゴーッ!ってなもんで。まあ危ないことが好きだったっちゅうわけよね、うん(納得)。
—-それが高校でもなく中学でもなく小学校からやっていたってことは、じゃあ高校のときにはもう山岳部に入って、山に登っていたりしたのですか?
多賀谷●いやいや、入っとらんですよ。自分ひとりで付近の山に登りに行っていたんです。おれの場合、親も変な親で……
—-ええ、そうでしょ……(←失礼)。
多賀谷●「山岳部とかに入らなかったら山に登ってもいい」と。
—-……ん? 「入らなかったらいい」、なんですか?
多賀谷●そう。「山岳部とかに入ると遭難してしまうから」って言っとった(笑)。まあ、変に強制とかされると、山岳部はもちろん山に登るのもやめてしまったと思うんだけどさ……自分でやれる環境があると深みにハマってまずいんだけどねえ。(自分を指して)このようになってしまう(笑)。
—-はああ……じゃあ高校でもう単独行ばかりしていたんですね。
多賀谷●単独行なんて大袈裟なもんじゃないけどね。冬季の単独行なんていう言い方ではなく、たとえば旅的に月山(山形県)とか岩木山(青森県)に冬場に行って遊んでいたようなもんですよ。
—-それだって雪の多い地方なんですから、降り出したら大変でしょうに……。
多賀谷●まあそうなんだけれどねえ、"富士山型"の山やから下がればいいだけでね。下がれば地面だから(笑)。
—-"富士山型"というのは連なった山ではなく、単独で聳えている山ってことですね。
多賀谷●そうそう。それならば下がればどっかに辿り着く。連なっていると逆で、上がれば必ず頂上だけれども、下がるとどこに行くかわからない(笑)。そんな感じ。
—-連山だと「道に迷ったら登れ」って言われますよね。頂上はひとつしかないのだから。
多賀谷●そうそう。やっぱり下りようとは思わないのよ。戻るってのはダルいから(笑)。
—-故郷の秋田から富山に出てこられたのはいつぐらいのことなんですか。
多賀谷●21歳のときですねえ。当時は冬の錫杖岳(岐阜県)によく通っていて、そのうちにベテランになってしもうて。で、富山県に来て"岩に登る会"も作ってしもうたんですね。どこかに所属するでもなく、岩を登って岩を登って剣岳で……てな案配ですねえ。
—-富山県で、たとえば剣岳だとか、○○山を征服したいという気持ちで、やって来られたのですか?
多賀谷●いや、おれの場合はさ、どこかに挑みかかりたいとかそんなんではなくて……たとえば山のことをやらせたらそんなにヘタではないな、とは思ってましたけれど、それほど山に登るのが好きってわけじゃねえんです。ですから…………
—-なんとなく富山へ、というところですか。
多賀谷●うん、そう。「居心地がいい」ってことですよ。そう思ったんですね。周りの人の気持ちもいいしね。それで四半世紀以上ですよ(笑)。

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『劔岳 点の記』の撮影風景


タガヤ哲人かく語りき「かつての経験も、この場では"それ"に過ぎん」


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—-しかしまあ、いわゆる「冒険家」の方からもおはなしをうかがっていますが、同じオーラを感じますね、多賀谷さんは。飄々と危ないこと好き、みたいな……(笑)。
多賀谷●うーん……まあ……でもオレは「冒険家」ではないのよね。
—-「冒険家」ではない?
多賀谷●そうっす。ありがたいことにここ最近、"アレ"の後から取材を受けることが多くて、自分のここまでを振り返る機会にも恵まれているのだけれど……冒険家というより……うーん。
—-うーん。
多賀谷●たとえば……"アノ映画のアノ人"とのことは、あとでゆっくり喋らせてもらうとして、変なジーサンに好かれたのって"アノ人"だけじゃないんだよね。長谷川恒雄さんにも好かれてね。
—-長谷川恒雄さんというと、マッターホルン、アイガー、グランド・ジョラスの北壁を冬場に単独で登った登山家ですね。
多賀谷●そうそう。でもその人は目の前で死んでしまった(91年、パキスタンのウルタルにて遭難)ですよね。
—-「目の前で」、ですか?
多賀谷●うん。一緒に行っておったから。あのとき、おれはもう一隊のリーダーだったのですよ。まあ一緒に行ってみた若いヤツらと長谷川さんたちがちょっと合わなくて、押しつけられたようなリーダーだったんだけど。
—-そうだったのですか……
多賀谷●そのとき"雪崩を甘く見る"、そんな様子があったんだ。だからイヤだな……と思っておったんだけどね。
—-あのウルタルが終わったら、長谷川さんは止めるとおっしゃってたんですよね……。
多賀谷●いや、止めなかったでしょ(アッサリ)。
—-ええっ?
多賀谷●だってウルタルの前、エベレストのときにも「これで止める」って言ってたし、現に死んじゃう前におれに「今度はナンガパルバット(パキスタン)に行こう」って言ってたから。「84年に失敗しているんで、あれに行けなきゃ次は行けないから」って。次はないどころか、次の次もあったわけよ(笑)。
—-そ、そうなんですね(笑)。
多賀谷●行きの飛行機で見えたときも「おおーナンガパルバットだーっ」ってね(笑)。……まあ、そんなこともあったんだけれども、そういう事故があると、たとえば"岩に登る第一人者だからって、山のことにずば抜けて賢いなんてことはない"とか思ったりするのね。さっきも少し言ったけれども、雪崩に詳しいわけでもないとなると、それは"危険度の高い岩登りができるからって登山の最前線とは言えない"。そうはならんだろうか?
—-うーん、そうですね……。
多賀谷●エベレストに登ったと言う人も、要するにロープを張ったところを上がっていって……ということに過ぎない、というかね。そしてそんな人が、へっちゃらでございと穂高で遭難したり、あまつさえガイドしたお客さんを助けられずに殺してしまったとする。そうなるとロープを張った世界でしか通用しないってことなんじゃないか、と。褒め称えるとか過大評価するというのは、お祭り騒ぎのうちでいいのかもわからんけど、内容に関しては表現をしていない気がするんですよ。
—-なるほど……。
多賀谷●なんぼエベレスト云々と言ったところで、日本の山は半分以下の高さしかないから冬でも"おつりが来る"なんてものではまったくないですわな。世界の山から日本を見るにしろ、日本の山から世界を見るにしろ、そこいらを正当に評価し切れていないとは思いますわ。あのときの長谷川さんを見とっても、冬に三大北壁を登った世界的なクライマーであったとしても、そのときの場所では"それはそれに過ぎん"のです。
—-はい。
多賀谷●大きい経験をしたからって小さい経験が楽勝なんてことないのですよ。三大北壁を登れたといっても、手を滑らせて岩場から5m落ちたら頭カチ割れて死んでしまう。なんかそういうことだと思うんですよ。で、そんなことをイチから考えていると、おれは「冒険家」ではないと思うのですね。
—-……なんでもできてしまって、たとえば遭難もしない"カモシカ"のようなのが冒険家なのですかねえ……?
多賀谷●ん、カモシカ?
—-「カモシカは遭難しない」って言いますよね?
多賀谷●それも評価が難しい(笑)。いや、春先に剣岳へ行って谷底を覗くと、最近はカモシカが死んでっからねえ。雪崩にやられたんだろうけれども、単に道に迷うってのも遭難だし、雪崩に遭うのも遭難だから。そういうもんなんですよ(笑)。
—-ホワイトアウトしてしまっても迷わないけれども、雪崩には巻き込まれるかもしれない。
多賀谷●そうそう。さすがに迷って谷に落っこちるってことはないだろうね、カモシカは(笑)。

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「肌を守る前に身を守れ!」byタガヤ

—-カモシカはとりあえず置いておくとしても、遭難などをしないように経験豊富なガイドさんの存在が重要なわけですが……私が最近感じることとして、剣岳などを登っていて、岩陵帯を登っているときに「ガイドさんと登ったらいいのに……」と私でも思わざるを得ないほどの初心者の方がいたりするのですよ。
多賀谷●ねえ。これは去年のことだけれども、頂上直下からえらい渋滞になってて「こりゃただごとじゃねえな」って行ってみたんだよね。おれは警備隊でもなんでもないけれど、地元のガイドだからね。「どいてどいて、整理しますから〜」って言ってたら「行け行け早う行け〜」なんて言葉を返されたりね(笑)。
—-みんな知ってるから、多賀谷さんのことを(笑)。
多賀谷●そうそう(笑)。そうしたら、"カニの横這い"のところで韓国の女性が固まっとった。
—-カニのように横になって岩場を渡っていく場所ですね。剣岳でなくいろんなところでもそう呼ばれてますよね。
多賀谷●それで固まった女性の片手を下から男性が握っているんやけれど、その状況で下に落ちてもその男性、支えられんわな。だからそこで進退窮まっとったんだけど、おれが上からパッと手を握ったんよ。そうしたら岩を掴んでいたほうの女性の手がパッと離れた。限界の直前におれが手を握った、というよりも、上から支えられたら大丈夫だと安心できたんやろうな。……うん、そういうこともある。
—-そういうこともある、からこそガイドさんの存在が重要なわけですよね。
多賀谷●結局その韓国の女性も、一般ルートでハマるとは思わなかったんだろうけれども、たとえば山に登る、下りる際に、時間が経過してしまったからどうしても行かにゃならんとなったときに、周りがあまりいいアドバイスをしないから追いつめられていくんやろうな。おれが来んかったらどうなっていたんやろうか……? まあ、そういった際のアドバイスの仕方とか、いろいろあるんやろうね。ガイドし慣れとる人間とか、人にアドバイスし慣れとる人間とかには……。
—-最近、山がブームだと言われるようになったりすると、初心者の人とかはもちろん混ざってきますよね。
多賀谷●来ますわねえ。若い人が去年よりも今年に、去年じゃなくて5年前に比べたら数倍増えてますわね。
—-その分、"危険な目に遭う人"というのも増えてたりするものですか?
多賀谷●それはそうですね。なんだろうねえ……いちばんケッタクソ悪いのは「帽子のツバが長い」ってことだよね。
—-ああ、前が見えない状態になっちゃう。
多賀谷●そうそう。普通はずいぶん手前から、あの先は右か左か……とか考えながら歩くわけですけれどねえ。落石があるかも……なんてのもそうよ。それなのに下向いて歩くってのはねえ。「そんなに日焼けを恐れてなにしてんの?」って(笑)。
—-はははははは。
多賀谷●山に登りに来たのなら肌を守る前に身を守れ、って(笑)。山に登る合理性のないファッションはダメでしょう、って。若い人じゃなくてもさあ、山を舐めたようなヤツがくるぶしがむき出しになったような靴履いておったりする。もちろん山を登るってときの話しだけど、そういう"斬新なファッション"は理解できねえっす。一面の氷河で、日光の照り返しを防ぐのにツバの長い帽子、ってことならばともかく、岩場でその格好をするココロがようわからんよ。
—-そんな帽子は被らないからお互い真っ黒ですもんねえ。あ、顔に日焼け止めを塗るくらいはご容赦くださいませ(笑)。
多賀谷●顔を使って上がっていくところはねえっすから、それは塗ったらよろしいですよ、ははは。

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木村大作監督とともに


『劔岳 点の記』での快感と、木村大作監督との迷!?コンビ


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—-さて多賀谷さん、先ほど"アノ"ということで出ておりましたが……。
多賀谷●ああ、"アノ映画"ね。『劔岳 点の記』ですわな。
—-多賀谷さんは撮影のアドバイスのような役割をされたのですよね?
多賀谷●そうそう。映画と出会って、それでまあ……大いに評価を受けたんですよね。自分が前向きにおもしろがってやってみたら、登山よりもおもしろかったという。
—-登山よりもですか。
多賀谷●そうそう。自分の土地勘とかを使って「あそこに人が立って、カメラを置いたら……」とか考えて……おれも向こう見ずな人間だから、"アノ人"、監督である木村大作さんを敬うという以上に、「ああなるこうなる」というのを木村さんに言ってしまうわけよね。そうなると木村さんも「え、そんなふうに撮れますか。それ撮りましょう」って。頭の中にもう映像が出来てしまうんでしょうな。
—-木村さんはあの『八甲田山』のカメラマンもされてましたから、監督の立場として以上に映像が見えてくるのでしょうね。
多賀谷●画像が頭の中にパンっと出るんでしょうね。それでおれが言ったことが実現していくのがすごい楽しかったのよ。登山がどうとかクライミングがどうとかいうことについては、年齢的にかつてのレベルをキープできるか……いやなかなかできねえところなんだけれども、そんなときに自分の能力とか土地勘を活かしてくれたという意味では、木村さんにお会いしたのは大きかったし、おもしろかったのよ。
—-撮影に関しては、たとえば役者さんなんかは雪山はもちろん、登山の経験もない人たちばかりだったはずで、それはそれは大変だったと思うのですが……。
多賀谷●そうなんですけどね。「八ツ峰Aフェイス(剣岳にあるクライミングルートのひとつ)のてっぺんにカメラを置けば、長治郎雪渓の下にいる人間を上から大パノラマで撮れますよ」なんてことをバンバン言うわけですよ。それで「じゃあそれ撮ろう」となったら、いろいろと対策をして、Aフェイスのてっぺんまでロープを通して、カメラマンの身体にロープを付けて上から確保して登っていく、と。そんなことを繰り返して撮っていくわけですわ。
—-何時間かかるんだ、と思いますね。いや、私の場合は撮影をしたり演技をすることはないので、単に登るだけで何時間かかるんだと思います(笑)。
多賀谷●そこまでやるんですからね、素晴らしいよね。手の込んだことを時間をかけてねえ。そんな経験をしていくうちに、これが自分のやりたかったことなのかもしれないなあ、と思いましたよね。
—-それだけのアイデアを出して、またそれを実現してしまう人たちの集まりだったわけですね。絵が浮かぶそして撮る、という……。
多賀谷●お互いに"自分がやりたい放題やる"ということだったのでしょう。自分が壁に登ってどうとか、今の若い人たちのクライミングはどうだとか言うのではなく、別の世界へ連れて行ってもらったですよね。
—-別世界、ですか。
多賀谷●ホントに感謝してますね。雪山の映画を作るということで、出会えた仕事に感謝していますし、 木村さんとの出会いにも……。
—-何度も聞かれていることかと思いますけれども、お手伝いをするきっかけはどんなところなんでしょう?
多賀谷●それはねえ、この辺りの5人くらいで、割とテレビの撮影なんかにチームで関わっていたんです。なのでまあ、剣岳で何かを撮るとなったら、どう考えてもおれらにしか話は来ねえと思います。どんなルートで探してもそうなるでしょうな。
—-そんなこんなで、先ほど"変なジーサン"とおっしゃっていた木村さんとの縁になるわけですね。
多賀谷●ははは、そうだねえ(笑)。まああれほど変な……いやまあ、あれほど変じゃなければあそこまでの映画は撮れないでしょうねえ。たとえば……おかしな例だけれども、作曲を5人がかりでやっても、すごいいい曲ってのは作れないんじゃないかね?
—-そうでしょうねえ。
多賀谷●やはりひとりの独裁的な人間でないと、名曲ってのは作れないんじゃないですかね。話し合いとか「役者がイヤだって言ってます」とか、そんな状況になっていたら、あんな大作は作れないだろうなあと思いますよ。
—-木村さんのそういった進め方は、関わり始めてすぐ感じましたか。
多賀谷●うん。アノ人には熱烈な信奉者がいるんですよね。「木村さんが作品を作るのだったら、会社をクビになってもいいから参加させてくれ」って言う人がいる。東映をクビになってもいいから、ってね。社長の側から見たら、そんな存在は危険極まりないわな(笑)。
—-木村さんの映画作り、カメラマンとしてのセンスと、岳人としての多賀谷さんのセンスでうまくキャッチボールができたのでしょうね。
多賀谷●まあ、そこまでは言わねえけどね(照れ)。ただ、なんでおれがなに言っても怒られなかったかといえば、おれが言ったことをちゃんと考えてくれているからってことであって、それは嬉しかったし、言うてることがお互いの考えと共通している部分が多かったのでしょうね。「そんなことができるのか? じゃあやってくれ」というね。……まあ、おれは運がよかったんだと思いますよ。
—-運もありますか。
多賀谷●そう。これまでの仕事でもおれ個人でもねえ運、それがあったんだと思います。『劔岳 点の記』の撮影が終わるときに木村さんが、「終わりたくないなあ……」って言っていたんですよ。「オレはまた来年も、ここで映画を撮っていたい」って。それはおれも同感でしたよ。
—-でも他のを撮るって話もありましたよねえ。たしか『劔岳 点の記』と同じ新田次郎が原作の『孤高の人』に感銘を受けての作品でしたか……。
多賀谷●.………..はぁぁぁぁぁ(ため息)。
—-? どうしました??
多賀谷●おれ、そのことについては怒ったんですわ。「そんな映画を撮るならタバコぐらい止められんでどうしますかっ」って。『孤高の人』ってのは、一人で山を行く登山家の話で、それに感銘を受けたっていうんならねえ。いまだに木村さんに言われますわ。「オレを怒るヤツなんか世の中におらんよっ」って。
—-へえええええ。
多賀谷●そう言ったときはまだ、おれもたばこを吸っていたんですよ。高校……あー……ずいぶん長いこと(笑)吸っておったんです。ただ撮影しているときにピタッと止めて、まもなく2年になります、ふふふふふ。
—-ふふふふふ、って(笑)。
多賀谷●撮影のときも、いろいろなところを縦走してくるでしょ。その合間にプカプカプカしてコースタイムが3時間とあらば6時間、4時間とあらば8時間になり、それで30分ごとに「休ませてくれ」と来て、ゼーハーしながら一服。こりゃあとんでもねえってことで「たばこも止められんでそんな作品、撮れるかいっ」って。「アンタの健康にどれだけの夢が詰まってると思ってんだいっ」ってなもんでしてね。
—-おお、タンカを切ったわけですね。
多賀谷●おれは撮ってほしくてねえ。「止められんですかっ」たら、アノ人は静かに……。
—-静かに……
多賀谷●「止められん」と。

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「あの場所にカメラを置けばこんな絵が撮れますよ」「じゃあ撮ろうか」

—-あらら(笑)。
多賀谷●だから『孤高の人』に感銘を受けたって作品は諦めたらしいです(笑)。でもまあ映画云々ではなく73歳ですからねえ、吸っておったって吸わなくなったからってもう……。
—-いえいえ(笑)。
多賀谷●そこまで言っちゃいけねえか(笑)。でもおれがたばこを止められたのも木村さんに感謝、だね。あの日がなければおれもきっと止められてはおらんわ。最後に買ったタバコは車のサンバイザーに挟まったまんまになっとるよ。
—-このコーナーには以前、木村さんも出ていただいておりますから、よく書いておきましょう。木村さーん、タバコ止めろーっ!
多賀谷●そうだよ、タバコぐらい止められんでどうしますか。健康になって、もっともっと幸せに映画を撮りまくりましょうよ。楽しい山の映画を撮りまくってね、みんなで幸せになりましょう……って、ケンカを売っておこう(笑)。
—-また案内するから一緒に撮りましょう、って。
多賀谷●ねえ。……なんかもう先日この辺りにやって来たって噂もあるし……。
—-…………えっ?
多賀谷●はははははははは。
—-それって……?
多賀谷●うふふふふふふふ。おれはここ最近はお目にかかってないから、来たのかどうか知らないですよ(含み笑い)。
—-そうですか(含み笑い)。……"山のディレクター"多賀谷さんのアイデアを木村さんが大喜びで撮る—-木村さんも多賀谷さんも、そして映画館の観客も幸せな日がまた近日中にやって来ることを信じております。
多賀谷●役者さんは不幸かもなあ(笑)。まあまた近いうちにそんな日がきっと来ることでしょう、ね(ニッコリ)。
—-そんな日には私も「タバコ止めろーっ」って言いに来ますわ(笑)。
多賀谷●おっ、それはいい。それで「小玉さん、じゃあAフェイスのてっぺんにカメラマン用のロープ通してきて」なんてな(笑)。
—-……撮影止まっちゃうんで、私は室堂から叫ぶことにしますよ。
多賀谷●その声が聞こえてきたら止めてくれることを期待するか、ははは(ニッコリ)。

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構成・松本伸也(asobist編集部)

 


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【プロフィール】
多賀谷治
1955年秋田県生まれ。立山ガイド協会・国際ガイド。
立山連山の山岳ガイドとして導き役を果たす傍ら、2009年公開の映画『劔岳 点の記』(木村大作監督)では撮影のコーディネーター役も務める。

ホームページ:https://sites.google.com/site/sangakugaidotagaya/home

 

 

 

取材先にやってきたのは痩身でも日焼けがたくましい山岳ガイド。
富山ことばを操るどことなくユーモラスな語り口には、
その実、山に対する哲学がちりばめられている。
立山の哲人・多賀谷治が語る、ガイドそして"アノ人"ばなし。
さあ読んでくれ!