vol.49:三鴨絵里子明日元気になってもらえる舞台を

劇団ラッパ屋の看板女優。
多数のドラマや映画、CMの出演も多い。パワフルで色気のある芝居に定評があり、ファンも多い。1/17〜25まで公演していたラッパ屋の「ブラジル」、平日の昼だというのに紀伊國屋ホールはほぼ満杯。
鈴木聡氏の新作で、12年ぶりに集まった軽音楽サークルの同窓会が舞台。中年男女が描く悲喜こもごもの人間関係を描く。そこでもペンションの女将としてみんなを食ってしまう演技を披露していた。


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●友人にあこがれて演劇の世界へ
「中学の時に可愛くもないし、頭がよいわけでも運動ができるわけでもない女の子がいたんだけど、男からも女からもすごくもててたんです。その子に憧れて、彼女がやっている演劇に興味を持ちました。でも、その時は恥ずかしくて、高校に入ってから演劇部に入ったんです」

なんとも漫画ではありがちなストーリーだが、リアルで聞くと新鮮だ。が…、そんな理由で、一生の仕事になるものなのだろうか?

「高校の部活は思い出が強く、私の人生のすべてだと思ってました」
「これで死ねるなら幸福だと書きました」

半端でない思い込みの強さ。少々、常軌を逸している感もある。にもかかわらず、三鴨さんの持つ圧倒的な異次元のオーラは「それもむべなるかな」と対した人を納得させてしまう。そもそも、声がよく通るうえに、笑い声が大きい。周りを巻き込む体質なのだ。

高校を出た後はしばらく演劇から遠ざかっていた。
短大は特に演劇にのめり込まずに過ぎ、20歳で就職した。3年間つきあっていた恋人がいた。いい感じだった。
「このままだと、普通に結婚して普通に年を取ってしまいそうだな?」な予感。

「最後に1本くらいお芝居したいな」
「うちの劇研でお芝居があるから出る?」
友人に誘われるままに出演した。生涯最後の舞台になるはずだった。

安定していると、刺激を求めるのは人の常。三鴨さんはレールを外れることになる。


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惨憺たるデキだった。
「意地悪なエレベーターガールの役で出たんですが、それがとってもひどいお芝居で、どうにもならない」
悔しくて泣きはらした顔で翌日の舞台に出るほど。
「舞台は素晴らしいもの」の想いを離すまいとすれば、これを最後にする訳にはいかなくなった。仕事をしながらでもできる劇団を探しに探して見つけたのが、今いる劇団「ラッパ屋」。
「そのまま14年間います」

最初に就職した会社は3年、次の会社も2年で辞めた。25歳くらいから2年間ほど銀座8丁目でホステスもやった。日中の時間とお金が必要だったからだ。
当然、食べていける目処が立つやいなや、芝居一本に絞った。

●つらくはないが困ったことはよくある
「仕事がないと収入が厳しい」以外につらいと思ったことはない、と言い切る。「私はめぐまれていると思います」とも。
ただ、悔しかったことがある。基本的にはコメディをやっている三鴨さんだが、ある舞台の稽古中にこう言われた。
「笑わせるのは簡単なんですよ。笑わせない方向で見せてくださいよ」
少しカチンときたが、笑い以外で何か得るものがあれば財産になると思うことにした。
初日の舞台。予想よりお客さんが笑ってくれた。
すると2日目に、同人物が突然言った。
「あのシーンなんだけど、三鴨さんのセンスで笑いを取ってください」

それが、屈辱だった。舞台はほかの役者さんとの間とかテンポがあるので、独りだけが頑張ってできることではない。
「もちろん、お断りしました」

三鴨さんの怒りポイントはこうだ。一言指示すれば頼めば笑いなんて簡単に取れると、笑い自体を軽視するかの姿勢が我慢ならなかった。笑いを絶やさない三鴨さんだが、演技者のプライドはあくまでも守り通したのだった。

ほとほと困ったこと。
脚本は遅くとも舞台1ヶ月前には完成するのが通常だが、ある時、期日を過ぎてもなお、待てど暮らせど脚本が上がってこなかった。脚本がなければ稽古にもならず、飲んで帰るという日々が続く。挙句の果てに、初日の1週間前に半分の60ページしか仕上がらない。2時間の舞台だから、1ページが1分で、概算で120ページ必要なのにもかかわらず。


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当然、役者はそこから死にものぐるいで稽古をする。ところが、本番3日前に、脚本家から稽古場に電話がかかってきた。 「全部、書き直しだ」と。
結局、稽古場から出て劇場に入る小屋入りの日の朝8時に、まるっきり書き直された前半の60ページが来た。
「そこからまた死にものぐるいで覚えて…」
最後の20ページは本番の前日、ゲネ(本番同様の通し稽古)を始める1時間前に、ようやく出てきた。
もう皆で読み合わせをしている暇もなく、各自で覚えるしかない。覚えたはいいが、役者もスタッフも舞台上で何が起きるかまったくわからない状況だった。

当然、翌日の初日はバタバタ。
「間が怖いんです」
間があくと、「この人、セリフ忘れているんじゃないか?」と不安になり、「忘れていると思われるんじゃないか?」と焦る。とにかく、誰かが台詞を終わったら、すぐ入る。しかも、他の人がどう動くかがわからず、ソデに下がった後どうしていいかわからない。
「出番じゃないのに、飛び出しちゃってりして」

どうにか力技で無事に終えたとはいえ、「やっぱり初回はクオリティが低かったですね」三鴨さんは回想する。

映画とは違って、劇は生もののようなもの。舞台上での大トラブルもあるにはある。
「私は優秀なのであまりないんですが」と笑った後、面白いエピソードが飛び出してきた。

−−−4年くらい前、夏木マリさんと舞台をやりました。舞台中、私がソデ(舞台の脇)でスタンバイしていたとき、スタッフの男の子が「三鴨さん、スリッパ」って言ったんです。日航ホテルって書いてあるスリッパを履いてたんです。「うわー」ってなりましたが、靴は遠くの楽屋だし、履くのに手間がかかる。しかも、もうすぐ出番。
そこで、周りを見たら、ソデに靴が3つ置いてあったんです。そのとき女優さんは3人。ということは、最悪1人1足履けると計算して、履きやすいスリッポンの靴を履いて出たました。そうしたら、それが、すぐ続きの同じシーンで夏木マリさんが履くはずの靴だったんです。
「これで大丈夫だ。ああ生き延びた」と思って。普通に台詞を喋っていたら、途中で「マリさん出る。しかもこの靴だ!」と気がつきました。もう何がなにやらわからない状況になって、頭が真っ白になりました。
そうしたら、マリさんが同じ靴を履いて出てきたんです。たまたま偶然、私が履いた靴の予備があったんです。マリさんは最初怒ったと思うんですけど、ソデに私が脱ぎ散らかしたスリッパを見て「これじゃぁ(出るの)が無理だ」と許してくれるつもりだったんです。でも、私は私で、マリさんの大きめの靴を私が余らせて履いて、しかもすごく緊張している…
マリさんは笑い上戸で、そんな私を見たら絶対笑ってしまうと思ったそうです。それで、舞台の上で私を見ないように、見ないように芝居をするんです。でも、私には「怒ってる怒ってる、絶対怒ってる」と見えたんです。ほんと死ぬ思いでした。そのシーンが終わってから靴を持ってマリさんに謝りに行きましたよ−−−

話を聞いていて、思わず笑ってしまう。このエピソード自体が舞台の台本みたいなのだ。

●劇を辞めようと思っていたが海外トラブルで吹き飛んだ
「劇を辞めようと思ったことはない?」
「ありますよ、そりゃ」


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同じ職業を10年も続ければ、澱のようなものがたまることもある。漠然と不安や不満を抱えていたときに気管支を壊し、最後は舞台上のほんの小さな失敗がきっかけで、ポンと背中を突き飛ばされるように役者業から遠のいた。一時、田舎に戻り、畑仕事をした。
「周りに自然しかないから、自分の中でうごめく感情を当てる対象がなく、自家中毒みたいになったんです」
そんな時、劇団の主宰が
「おまえニューヨークとか行ってみたら」
「なんでニューヨーク?」
「おまえは人がいないところだと逆にストレスだから、むしろ人がいっぱいいる所に行った方がいいんじゃないのか」
そして、特に目的もなく、3年前のクリスマスにまるまる2週間ニューヨークへ。初海外なのに、まったく英語が話せないのに…

次から次へと繰り出される破天荒な話しに、突っ込みが追いつかない。もう、普通にふむふむと聞くだけ。

その頃、ニューヨークは22年ぶりの交通ストに突入中で、タクシーしか交通手段がなかった。しかも乗り合い。
「もういきなりぼったくられましたが、無事乗り切りました」
4つだけ覚えていった英語表現を駆使?した。

・Watch Your mouth.(口の利き方に気をつけろ!)
・Who do you think you are? (何様のつもりだ!?)
・That’s not your business.(大きなお世話だ!)

この3つでも口げんかで勝てなければ、
・That’s my line(そりゃこっちの台詞だ!)
「これでで決まりです」

ガハハと笑う三鴨さん。「よりにもよってその台詞?」を実際に使って、よくまあ、無事だったものだ。結局2週間アクシデントとハプニングの連発で、最後にはパスポートまで紛失。怒濤のニューヨーク滞在だった。

パスポートは結局出てきて、コネで捕まえたタクシーに3倍の料金を払って空港に向かっている時、ふと思った。今まで悩んでいたのは一体、何だったんだろう?
「屁みたいなもんだなって。あーさてさて、明日からすぐ稽古しようっ」
帰国して、劇団に復帰した。

その後は、つつがなく舞台をはじめ、ドラマ、映画、CMをはじめさまざまなステージで活躍を続ける。ポジティブな思考とアクティブな行動力、そして実はしっかりしたプロフェッショナル。まさに女優だ。 今後もテレビなどで活躍を目にすることも多いだろう。さらなる活躍を期待したい。

【主な出演】
●舞台
93年よりラッパ屋の全公演に出演
●ドラマレギュラー
TBS「吾輩は主婦である」/TBS「ガッコの先生」/TBS「ママチャリ刑事」/CX「OUT」/テレビ朝日「オマタかおる」/YTV「本家のヨメ」/ABC「シンマイ。」他多数
●スペシャル他
「救命病棟24時」「白線流し・旅立ちの詩」「渡る世間は鬼ばかり」「Love Revolution」「非婚家族」「STAFF ONLY-Stage13 お色直し」「いま会いにいきます」「池袋ウエストゲートパーク」「フェチシズム」「美しい人」「天国に一番近い男」「女子刑務所東3号練?私が出逢った史上最悪の女」他多数
●吹き替えレギュラー
NHK「名探偵MONK」/「ボーイ・ミーツ・ワールド」
●映画
井筒和幸監督「のど自慢」/篠原哲雄監督「はつ恋」他
●吹き替え他
NHK「ER」「ドクター・フー」「サンダーストーン」「チャームド」「地球の声特集?いなほ保育園物語?」ナレーション、映 画「トゥルー・ブラザーズ」他多数
●CM
アリコ「家計にやさしい入院保険」/月桂冠「月」/福弥かまぼこ(ナレーション)


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【プロフィール】
本名:渡辺絵里子
短期大学を卒業後、大手メーカーへ就職。OLとして劇団ラッパ屋へ入団。舞台女優として活躍、現在に至る。
舞台はもとより、映画をはじめ、ドラマ、CM、吹き替えなどTV出演も多数。