砂浜に埋めた恋心

15の夏、自転車で遠くの町まで遊びに行った。
「海が見たい」
と僕が言ったら、
「水のきれいなところへ泳ぎに行こう」
I君は、砂が白くてサラサラとした浜辺へ僕を連れて行ってくれた。

海開きになった日に、海水パンツとビーチタオル、冷たい麦茶とおにぎりを持って出かけた。目の覚めるような青い空のキャンバスに入道雲がもこもこと大きく描かれていた。夏の光が降り注いで、周りの木々や建物を色鮮やかに照らしだしている。まだ完全にあたためられていない朝の空気がひんやりとして清々しい。ターザンのような雄叫びをあげて僕たちは、自転車をビュンビュン飛ばして走った。I君の後ろに立ち乗りした僕は、彼の大きな肩をずっと見つめていた。

「疲れたら交代するよ」
って僕が言ったのに、
「いいよ、いいよ」
ってI君は、がんばって自転車をこいでくれた。

I君の体からときどき香る石鹸の匂いが僕の鼻を掠める。彼の肩に腕を回せば、簡単に抱きしめることができる。その体を抱きしめて彼の頬に僕の頬をあてがったら、I君はなんと言うだろうか。
「おいよせよ。気持ち悪いよ」
って苦笑いして言うかもしれない。すると僕は、
「いいじゃん。僕のことを女の子だと思えば」
っておどけて言おう。I君はきっと困った顔をして僕を見るだろう。そんな彼の顔が見てみたい…。
しかし僕の手は、I君の肩の上で石のようになって動かすことができなかった。

「シュウが女だったら、俺の女にしてたのにな」
I君にこう言われるたびに、僕の心は張り裂けそうになる。
女の子にはなれない僕。僕が女の子じゃない限り、I君の彼女には絶対になれない。だから僕は、そんなことは気軽に言わないで、っていつも心の中で叫ぶ。

こんな気持ちでI君を見るようになったのはいつの日からだろうか。
桜の花びらの舞う公園の、やわらかい木洩れ日の下で2人肩を揃えてマンガ本を読んだときからか。それとも、アイススケートの帰りに、フーフーしながら熱いラーメンを一緒に食べたときからだろうか。もしかすると一夏前に、「花火をしよう!」と言って集まり、初めて飲んだお酒に酔っぱらった勢いで、I君にキスをしたときからかもしれない。
果物屋に並び始めたスイカを見て夏の訪れをフッと感じるときのように、I君への想いもいつの間にか僕のこころに宿っていた。

I君がふざけて僕にプロレス技をかけるたびに、放課後の帰り道でさりげなく僕の肩に腕を回してくるたびに、僕のこころはときめいた。I君にとってそれは友達としての行為でしかなかった。しかし、そんな彼のふるまいの中に少しでも友達として以上の何かが含まれていたら良いな、と僕はいつも願った。

ビーチサンダルを脱ぎ捨てた僕たちは、熱く焼けた砂浜を蹴って走った。頭から海に飛び込んで、イルカのように体を水に滑らせる。太陽の光を受けて輝く波のしぶきが、永遠という時間を約束してくれているようだった。I君は僕の体を捕まえて海の中へと押し倒す。負けずに僕も彼に潮水を浴びせる。僕たちの笑い声はいつまでも絶えることなく響き渡った。

浜辺から少し離れたところにある堤防まで泳いでいった。燦々と照りつける太陽が気持ちいい。I君には白い肌よりも、こんがりと焼けたチョコレート色の肌の方が似合う。キュッと体が引き締まって見えるから。
「シュウ、こっち来てみろよ!」
堤防の石積みに体を隠したI君が叫ぶ。足を滑らせないように彼の方へ寄って行くと、I君は僕の前に右手を突き出した。
「カニ?!」
「捕まえた!」
満面な笑顔で微笑むI君がカッコイイ。

泳ぎ疲れた体を砂浜の上に放り投げて一休みした。I君の横顔をちらりとうかがってみる。目が合った。彼の黒い瞳に吸い込まれそうだ。僕たちの視線はそのまま結ばれていた。
「なに?」
「えっ…ああ、あの、疲れたね」
I君から急いで目を逸らせて空を見上げた。睫毛を濡らした潮水が虹色に輝いている。

ほんの少しの間だけ目を閉じたつもりだったけど、目を覚ますと、すでに太陽は限りなく広がる海の向こうへ沈んでいこうとしていた。横を見てみるとI君の姿はなく、僕の体には彼の使っていたビーチタオルが掛けられていた。ビーチタオルを顔のところまで引き上げるとI君の香りがした。

「もう帰る時間だよ」
両手に焼きトウモロコシを2本持って彼が現れた。トウモロコシの甘い香りがする。
「ぐっすり寝ちゃってたみたい、僕…」
「かわいい顔して眠ってたぜっ」
その一言が、I君のそのやさしさが、僕の心を握りつぶす。僕は大きく深呼吸して、つぶれた心をふくらます。
僕が男の子である限り、I君の彼女には絶対になれない…。

I君とはいつまでも友達でいたい。彼に嫌われたくないから、僕のこの想いは絶対に伝えない。叶わないと初めからわかっていた恋だから、僕の中だけにそっとしまっておこう。