「虹の谷の五月」「砂のクロニクル」「神話の果て」「緋色の時代」「流沙の塔」…そして「猛き箱船」。
著者の著作年譜など意識もせず、なんとなくパラパラめくって中東、東欧および中央アジア近辺が舞台になっていると思われる作品を片端から読み進めてきた。期せずしてこの「順路」ありき、で船戸作品を通読することになり得た。
「神話の果て」を除くいずれの作も文庫上下巻で1000ページを超える巨作。一度として途中でダレたりさせず、スルスル読ませきる迫力なんだが…
ハードボイルド、バイオレンス、アドベンチャー、フォークロア、作品を通して織り込まれる要素は共通だが、作品によってそれぞれの濃淡が違っている。
いきなり「緋色の時代」「流沙の塔」「猛き箱舟」からではキツイかもしれない。容赦ないバイオレンス、鼻腔をつくあまりにもの血なまぐささに気をとられ過ぎると、あるいはひいてしまうか、特殊なジャンルにくくってしまわれたりするのではないか、と心配になる。
低通する「民族の哀しみと怒り」「近代史の裏側」。いやむしろそれこそが真に歴史を編む芯糸ではなかったかと思わせる。著者の史観に裏付けられたこれは「物語」を借りた世界への飽くなき情勢批判であると同時に、表層に惑わされてめしいにされている大方の表社会に対するリテラシーの提言なのだ。
本作は西サハラのグエンザ鉱山開発をめぐる政治闘争の暗部を主題としている。焼けた砂の匂い、すさまじい勢いで吹きつける砂塵の身体感覚は、強烈なバイオレンス表現にもまして生々しいリアリティーを以って訴えかける。
巻末、逢坂剛の作論も興味深い。
作者名:船戸 与一
ジャンル:小説
出版:集英社文庫