例によって「わが国は・・・」がそこここに連発される。
いつのころからか説教節が重奏低音のように流れる作風になっていったのは、と想いを巡らしてみる。
これが「鼻につく」向きもあるには違いない。
ほぼ同世代の読者には頷き頷きしながら読み進めるということもあろう。
ただ、確かなことは「ダメだ、ダメだ」とこの国の行く末を悲観しながら、色濃い影を書くことで、どこかに「まだまだいけるじゃん、ニッポン」像を照らし出そうとする懸命な姿勢は切ないほどに伝わってくる。
この国の指揮官たる年代にあっては、次世代に手渡す「お国柄如何に?」に分析結果「ダメ」だけを添えて済ませるわけにはいかないのだ。
陶芸や食べ物など、繰り広げられるサブの話題も興味深い。
独自の自然観は豊かで寛く、それらの描写には思う存分得意技が駆使され、匂いや風の色さえ感じさせる。
読も者は一種ヒーリングを与えられる。さすが。
上下巻、全編を通して「狭くなった世界」といわれる情報化社会であるが故に、情報だけが提示され、なす術のなさ、無力感が結果として「無関心」にとってかわる位置にい続けることしかできない現代人の罪悪感・痛みを思い返す。
目の前のことに理屈抜きに、なかば反射的に手足、気持ちをすっと動かせる瞬発力と体温を内包し得る精神体力を維持するのは、やはり難しい。
しかしながら読んでいて、1、2分体温が上がる、ほっとして静かな希望が湧いてくる。
山清水に足を浸しているような清涼感も読後に残る。
作者名:宮本 輝
ジャンル:小説
出版:光文社文庫