僕は寒いのが得意ではない。したがって冬は苦手である。だけれども、冬の朝、家中の窓を開け放ったあとで飲む一杯の熱いスープがたまらないように、寒いからこそ感じ得る幸せというものがある。今から紹介する中国の麻辣火鍋は、まさにそんな幸せを提供してくれる至極の一品で、寒ければ寒いほど楽しめる鍋料理なのだ。
麻辣火鍋とは、唐辛子や花椒がふんだんに投入された真っ赤なスープで具材を煮込む鍋。この紅湯の麻辣スープと白湯と呼ばれる豚骨の白濁スープが火鍋の定番で、仕切りの入った鍋を使って両方を同時に楽しむことが多い。どちらにも、ニンニクやネギ、生姜、ナツメやクコの実や八角などが浮かんでいる。具材は、羊、豚、牛など肉各種、イカ、海老、魚など海鮮各種、キノコ類いろいろ、野菜いろいろ、さらには、春雨、餅、ちくわ、豆腐…と、要するに何でもありなのだ。
この火鍋、起源は内モンゴルとも四川ともいわれているが、どうもよく分かっていないらしい。でも、そんなことは知らなくても大丈夫。起源がどこであれ美味いものは美味い。いまや上海でも大人気で、どこででも看板に出くわすし、スーパーに行けばお手軽な火鍋の素がズラリ。専門のお店に出かけるもよし、自宅で食すもよし。気のおけない仲間と共に麻辣火鍋を囲めば、冬の寒さが嬉しいぐらいに座は熱するのだ。
なんて偉そうに語ってみたけども、実は麻辣火鍋をはじめて食べたときには、その美味さが分からなかった。というより、あまりに強烈で、味わう余裕がなかった。衝撃の辛さに唇は痺れ、顔中から吹きだす汗が止らず、独特の香辛料の匂いに圧倒され、僕の反応に興味津々の友人達の前で、「かくも激しき鍋があるなんて…」と苦笑いで呟いた記憶だけが残っている。
ところが、不思議なことに、友人宅で囲んだ2度目の出会いをもって、僕は麻辣火鍋の虜になった。
辛さの裏側に深い旨味を感じ、心をぎゅっとワシヅカミにされたのである。それ以来、上海を訪れるとかならず、僕が特に気に入った魚の頭の麻辣火鍋の店で、友人たちと共に鍋を囲んでいる。麻辣スープに入れる前から唐辛子に漬け込まれた魚頭は、食べてみると実にあっさり。トロトロとゼラチン状の目の裏や頬の肉が、それはもう、たまらないお味なのだ。
舌鼓を打ちながら、積もった話を交わしていると、熱い冬の夜があっという間に過ぎてゆく。
ところで、この記事のタイトルは「汗と涙の麻辣火鍋」である。注意深い読者の皆さまは、「確かに汗は飛び散るみたい。でも、涙はどこに?」と訝しげなことだろう。実はですね、尾籠な話でありまして…できれば書かずに終わりたいけれど、ご要望ならば致し方なし(知りたくない方はどうぞココでご読了を)。
食を扱う文章の締めとしては恐縮ですが・・・「翌日のお通じは闘いである」ということをお伝えしておきたい。
さしあたり、チクリチクリと針を刺されるがごとく…と表現するにとどめるけれども、楽しんだ翌日には、そんなオマケに涙が滲むのだ。
ところが、それでも、「今夜も麻辣火鍋にしようか」なんて、友人たちに集合をかけたくなってしまうのが恐ろしき魅力であって、それはもう、激しく食欲を刺激するやみつき鍋なのである。