2012年10月。今年も「セニョール・デ・ロス・ミラグロス/奇跡の主」の季節がやってきた。度重なる地震にも耐え、様々な奇跡を起こしたというキリストの壁画。豪華な御輿に仕立てたその壁画を、大勢の信者たちが担ぎ、街を練り歩く。その信者たちの衣装が紫色であることから、リマの10月は別名「紫の月」と呼ばれる。リマ旧市街で行われる聖行列がもっとも豪華で美しいが、そこはカトリックの国、街のあちこちでも紫色の小さな御輿に出くわす。
世界遺産リマ旧市街で行われる「奇跡の主」の聖行列通りが紫色に染まるころ、スーパーの一角はあるお菓子で埋め尽くされる。それが「ドニャ・ペパのトゥロン」だ。トゥロンはさくさくとしたビスケット生地に黒蜜をたっぷりとかけたお菓子。上にちりばめられたピンクやブルーの砂糖菓子がなんとも賑やかだ。しかしなぜ「ドニャ・ペパ(ペパさん)」と限定されるのか? それにはこんな訳がある。
露天にはキリストの肖像画やロザリオ、ロウソクなど紫色のグッズが並ぶ『18世紀初頭。リマ南部のカニェテという街に、ホセファという黒人女性がいました。料理上手で知られる彼女でしたが、ある日、両腕が痺れて動かなくなってしまいました。生活にも困り苦しんだ彼女は、奇跡を起こすとされるキリスト像を拝むためリマにやってきました。そして聖行列に付き添いながら熱心に祈りを捧げるうち、いつの間にか彼女の病気が治ったのです。ホセファは奇跡のお礼に美味しいお菓子を作り、奉納しました。それがこの「トゥロン」です。ホセファの愛称は「ペパ」。そのため、「ペパさんのトゥロン」と呼ばれるようになりました。』
日頃は普通のケーキ屋さんも、この時期だけは「トゥロン屋」に変身するだからどんなに美味しいトゥロンでも、「ペパさんの」でないとダメなのだ。スーパーや菓子店で売られるトゥロンはみな「ドニャ・ペパ」の名が冠されており、どれも見た目はまったく同じ。食べ物については創意工夫が得意なペルー人も、ことトゥロンに関してはご利益が失われないようオリジナルに忠実な模様である。
こちらのトゥロンは1キロ550円。この甘いお菓子をキロ単位で買うペルー人はすごい紫の祭りに欠かせないトゥロン。食べる度にその歯に沁みるような甘さに身震いするが、それでもまた食べたくなる不思議なお菓子だ。そもそも信仰心がない者に、神様は奇跡を授けて下さるだろうか……? いや、今こうして大好きなペルーに暮らせることが、すでに奇跡なのかもしれない。