おお、これはすごい――。
その扉を開いたときに思わずそう口にしてしまう「存在」がある。一目見て超豪華だとわかる装飾が施してあったり、圧倒的に立派な設備。門を開けたら果てしなく広がる庭などもそうかもしれない。顔を上げたら走り抜けていったスポーツカーとか、もちろん立派な出で立ちの人物などもそうであろう。
桜丘に目を移すと、それこそこの街の真骨頂だろうか、お店の扉を開けて「おお、これはすごい……」と呟いてしまうことが数多い。少しばかり例を挙げれば、『しぶや三漁洞』は滲み出る歴史に圧倒され、『RESTAURANT Bar AMUSEMENT』は内装や施設に目を見張った。『鳥金』もその佇まいにとてつもないパワーを感じた一軒だ。
飲食店だけでなく、ギターを扱う『ウッドマン渋谷店』などもそう。桜丘の“奥座敷”にちょこんとある店の扉を開けたとき、たとえ価値はわからなくても(実際に数百万のギターがあったわけだが)、すごい店に来たというオーラがあった。
今回も同じである。かつて登場いただいた『home stretch』の拠点であり『naam』があるマンションの、まるで軒下(失礼!)のようなところにその店はあった。扉を開け、少しの階段を降りたところにある小さな部屋――レコード棚が並ぶその室内には、強烈な“知る人ぞ知る名店”の赴きがあった。
これはすごい――。
ここは『Ours/Hours』。ヴィンテージ・ジャズレコードとヴィンテージオーディオをこよなく愛する人たちのパラダイスである。
「どうぞどうぞ、入って。すごい? いや、すごいことないですよ。こんな狭いところにレコードとかを並べているだけですから。それにしてもよくお店、見つけましたね。表の看板? ああ、よく気が付かれましたね(ニッコリ)。この軒下のような場所は、音も遠慮なく流せる、レコード屋に相応しい場所と言えますよね」
まさにジャズが似合うダンディなご店主、青木一朗さんが熱烈歓迎をしてくれた。このお店ができたのは6年前。ジャズを、レコードを愛する人々のために“コレクター”だった青木さんが立ち上げた。
「“コレクター”と言ってもレコードのコレクターではなく、“音楽のコレクター”なんです。オーディオもそのために勉強をしたんですね。で、私ひとりで、そして友人とも一緒にジャズを楽しんだ30年あまり、ふと、大好きな音源をもっともっとたくさんの方々と……!という、う魂の底から溢れるような感情に出会いました。それがこの『Ours/Hours』です」
コレクター卒業とともに開いたんですよ、と青木さんが笑うこのお店、「こんなレコード屋があったらいいのに……」というさすがのコレクター視点から、こんな工夫もなされている。
「ご覧のとおりソファを置いたのですよ。レコード店めぐりは足が棒になりますよね。ホッとひと息つけたらいいな、そして試聴なんかもゆったりとくつろげて、心ゆくまで聴くことができたらいいのにな、と思いました。ですから、カフェ感覚でコーヒーやビールもご用意しておりますよ」カフェスペースでは、なんと近所の方が打ち合わせに使ったりもするとか。
「アパレルの会社の方なんですけれども、音楽が好きで、しかもネット環境も整っていますから、取引先との打ち合わせにやってくるんですよ。ですからカフェメニューは欠かせませんね」
販売されているレコードは、中古とはいえレコード本体だけでなくジャケットまでキッチリ補修されたものであり、名だたる名盤だけでなく隠れた一枚的なものも盛りだくさん。
「CDとは違って、レコードはコンディションや、初版かセカンドプレスかであったり、年代によって値段が変わってきますが、ネットなどで出回っているものより『Ours/Hours』の場合は2割から5割くらいお安いです。ネットとは違って、来ていただければ試聴もできますし、コンディションも確かめられますからね。ネットだとリスクがありますが」
そしてレコードだけでなく、オーディオに関する相談やカートリッジ(レコード針)まで……。試しに青木さんになんでも聞いてみてください。たとえば「モノラルレコードの完成からステレオの興り、そしてCDまで」など、圧倒的な知識でご教授いただけることだろう。
青木さんの音楽の、ジャズに対するこだわりトーク、そして居並ぶレコードをはじめとするアイテム……すべてがこの小さな部屋で息づいている。
そう、ここはお店なだけではない、桜丘に存在する音楽愛好家たちのサロンなのだ。
「桜丘のページならば、『多心』はもう行った? 『ローディ』は? あ、もう私の行きつけは特集させているんですね。いい街だよね、桜丘は。ここを盛り上げるという取材だったら、どれだけでも協力させていただきますよ!」
たぶんだけど、ジャズを知らなくても、この店はきっとあなたを歓迎してくれる。ジャスを愛する優しき店主がジャス愛を伝えてくれるのはもちろん、この街の魅力も余すところなく教えてくれるだろう。
桜丘にあるジャズの聖地――。
『Ours/Hours』からは今日も愛しく、優しい音色が流れている。
Q・あなたにとって桜丘とは?
「私が行っているお店などもそうですが、ここ数年で落ち着けるお店などが増えてきたと思っています。この流れは今後も続くのではないでしょうかね」
店内に居並ぶレコードや書籍の数々。ソファに座ってお茶を飲みながら……
「ってしちゃうと、不思議とみんなレコード買ってっちゃうんだよね(笑)」(青木さん)
店内で立派な存在感を放つこちら、プレイヤーではありません。
「これ、レコードのクリーナーなんですよ。プレイヤーより高いですよ(笑)」(青木さん)
売られているレコードのほんの一部。いちばん左のLouis Armstrongは店頭に飾られている一枚。右端は日本が誇るジャズピアニスト菅野邦彦。「好きなんですよ、私」(青木さん)
こちら、レコードに欠かせないレコード針、そうカートリッジです。「日本で唯一の技術を持つ友人……いまはスタッフですよね、彼に完全調整してもらっています」(青木さん)。常時100個ほどのストック数は日本一だとか。「写真は右ふたつがステレオのもの、そして左がモノラル。モノラルレコードにはモノラル、そしてステレオにはステレオを使うのが、やはり基本ですよ」(青木さん)
【今回の桜な人々】
Ours/Hours
青木 一朗さん
〒150-0031
東京都渋谷区桜丘町21-12 桜丘アーバンライフB-211
(マップ)
ホームページ
http://www.ours-hours.com/