新工場完成予想図
創業から半世紀以上もの間、水産加工品を作り続けてきた老舗缶詰メーカーの『木の屋石巻水産』。三陸地方の宮城県石巻市は国内でも有名な漁港のひとつであり、また鯨肉の大和煮など水産加工物が盛んな地域でもある。昨年の震災から1年半が経過した今、『木の屋石巻水産』松友倫人さんに、これまでのこと、そして将来の展望について話を聞いた。
震災前のタンクの様子
★「泥つきのままでかまわないから缶詰を送ってほしい」
東日本大震災で工場が全壊する被害を受け、震災直後は再建できるかどうかわからない状態でした。シンボルとして社屋正面に置かれていた鯨大和煮缶詰のラベルをペイントした、赤い巨大タンクまでも元の場所から数百メートル先まで流されてしまっていました。3月下旬に瓦礫の撤去が始まり、被害を受けた工場内の倉庫にたくさん残っていた、津波にのまれ泥だらけの状態の缶詰が、開けてみると食べることはできましたが、売り物にはならないなと……。
その時、震災前からご縁をいただいていた、東京都世田谷区の呑み屋カフェ『さばのゆ』さんから「缶詰はどうなったの? 中味が大丈夫なら泥つきのままでかわわないから送ってほしい」というお話をいただき、缶詰拾いが始まりました。送ったものは『さばのゆ』さんに集まったボランティアの方々が手洗いをしてくださり、それがメディアにもとりあげられ、その後、全国から泥つきのままでいいから送ってほしいというお声をいただくようになりました。
6月に入ると石巻でも水が使えるようになり、石巻にも直接、掘り起こしと水洗を手伝ってくださるボランティアの方々に集まっていただきました。昨年11月まで作業をして、おおよそ4000人の方々にお力を貸していただき、その23万缶の缶詰はパッケージがない状態でしたけど、『希望の缶詰』として全国に向けて販売されました。
『さばのゆ』に集まったボランティアの様子
★甘えに慣れると自分たちの力で立つことを忘れてしまう
震災後しばらく経って、どうやったら地域再建できるのかなって自分なりに考えたとき、日本で過去に大きな災害があった地域が、その後、どうなったのか調べることにいきつきました。長崎・島原の雲仙普賢岳噴火、阪神・淡路大震災、新潟県中越沖地震など……。
長崎、神戸、新潟は、実際に現地に行って話をうかがいました。その中で神戸は、見た目は綺麗になっていましたけど、地元の人たちにとって本当の意味で復興はできたのかなって疑問にかられました。「あれは失敗だった」と言う人もいましたね。神戸の商店街が復旧したのは震災から10年後。その間、自営業の人たちは保証があるわけではないから、1年だって待つことは厳しい。生活ができずに他の街に行ってしまった人も多かったとうかがいました。
また、各地で共通していたのは、世間からすぐに忘れ去られてしまうということ。だんだんとメディアなどにも取り上げられなくなり、ボランティアの数も減ってしまう。そして、みなさん口を揃えて「甘えていてはいけない、甘えに慣れると自分たちの力で立つことを忘れてしまう」と。いろいろな支援はもちろん感謝しなければいけないことだけど、あのとき、自分たちに足りなかったのは、自立しなければならないという意識だったと。そこをしっかりと認識してほしいと各地で言われました。
新潟県中越地震のあった長岡市(現・十日町市)に関しては、まだまだ復興にはほど遠い感じでしたね。東日本大震災でも影響を受けているし、毎月の様に大きな地震があったり、台風が来たりと被害が広がっています。
現在の営業場所(1階には直売所も併設)
直売所の様子とお客さまからのメッセージ
★復興という言葉をあまり使いたくない
これからのことですが、再建するので応援してほしいとか、石巻のためになどといったことは、直ぐに飽きられてしまう。
それよりも、自分たちがどれだけちゃんと本業に集中してやっていけるか?
考え方としては、震災色を表に出さない。震災があったことは事実だけど、“震災”、“復興”、“絆”といった言葉にとらわれずに、ちゃんとしたモノづくりをしていきたい。
震災後にボランティア活動をしてくださった方々に、缶詰を洗っていただいてそのうえ購入までしていただき、ありがとうございますってお話をしたところ、そんなお礼なんて言わなくていい、私たちは『木の屋』さんの美味しい缶詰が食べたくてやっているだけだから……。それなら会社を早く再建して、美味しい缶詰を早く作ってほしいと言われました。
それが、本当に会社の本質だと思いましたね。「震災から頑張って復興します」ではなく、今まで以上の商品を作ってお客さんにお届けし続けることが、これからの使命だと思っています。雑念にとらわれずそこに集中すること。
木の屋伝統の鯨大和煮缶詰にそれぞれ10種類の限定ラベルを巻いたプレミアム缶詰と以前の缶詰
壁面の津波到達地点・絵本『きぼうのかんづめ』と写真集『KEEP HOPE ALIVE』
★これから将来にむけて……
今、取り組んでいるのが弊社の看板商品である鯨ですが、いろいろと問題になっているところもありますけど、実は鯨について正しく理解されている方が少ないんじゃないかと考え、鯨について正しく知る『くじらのじかん』という企画をたてました。例えば、調査捕鯨とは実際にどういったことが行なわれているのか?など……。第1回のイベント時には、調査捕鯨のことがいちばん話題になりましたね。正しい知識をしっかりと把握したうえでいろいろと議論をすることは良いことだと思っています。
また、弊社の缶詰の特長は全商品ではないですが、工場が石巻の港から近かったこともあり、その日に漁港にあがった魚を冷凍せずに、すぐに缶詰にしていたことでした。冷凍されたものとは旨味がまったく違います。冷凍して原料を確保する方が生産性はいいんですけどね。
来年の春には新工場がオープンします。まずは、売り上げベースを震災前までにどれだけ近づけるかが目標です。そして、10年後、20年後、その先まで営業していける商品作りが今後の課題です。
また、今回の新工場は今までの水産加工のイメージにはない鯨のシルエットをモチーフにした斬新なデザインになっています。(写真上)若い人たちが、あそこで働きたいと思ってもらえればいいなと思っています。
『株式会社 木の屋石巻水産』
仮事務所:宮城県石巻市吉野町2-1-26 石巻水産ビル2F
HP:http://kinoya.co.jp
※木の屋石巻水産も登場するイベントはこちらから