中目黒の山手通りを少し入った住宅の一角に、ある日、中国の岩茶の専門店「日中文化交流サロン岩茶房」という店がオープンした。いや、正しくは、移転して来た。小説家でもあるその店の店主・左能典代の最新作『青にまみえる』は、四半世紀の間、お茶の買い付けのため、武夷山へと足を運び、お茶に、土地に、何より人に、直接接してきた中から紡がれた作品だ。落ち着いた中にも不思議な空気感の漂う物語の著者に、インタビューを行なった。
――『青にまみえる』を書いたきっかけからうかがいます。
左能:作家の村田喜代子さんと「『永遠』について語ろう」という機会がありまして、先に私が「村田さん、お書きになれば」と言ったんですね。村田さんからは「それなら、それぞれが思う『永遠』を、ふたりでリレー小説として書かないか」とお誘いがあったものの、文体も力量も違うと悩みました。「じゃあ、左能さんが書いたら。『お茶と永遠』というテーマは左能さんしか書けないわよ」と、いわばバトンを放り投げられたんです。
でも、「永遠」なんて大きなテーマを簡単には受け取ることはできませんよね。それ以上に、お茶についてはさんざん書いてきたという思いが自分の中にあったので、本音を言うと「もう書きたくない、離れたい」という気持ちもあったんです。そんなある日、何かがほっと降りて来て、第1話の『ハミウリの微笑』をあっという間に書き上げることができたんです。村田さんに読んでもらったら、すごく誉めてくれて、そんな後押しもあって、「書けるかも」という気持ちになりました。
――とはいえ、毎日降臨するわけじゃありませんよね(笑)。
左能:もちろんです(笑)。ただ、巡り合わせ、みたいなことが起こるんです。その後、たまたま、新潮社のパーティがあって、そこで編集者と会い、先程の経緯をすべて話したんです。そうしたら、「おもしろい。やりましょうよ」と言ってくださって、こちらも、書く手応えみたいなものがムクムクと湧いて来た。やはり表現者として、発表の場を約束されるというのは、書くモチベーションを上げるひとつの要因になりますから。それで、詩のような文体で書くということ、「永遠」に向っての物語の方向性が見えてきて、本格的に書き始めました。
――その方向性というのは、具体的には?
左能:地球が誕生して50億年、50億年生き続けた生物はいないものの、何千年か生き続けてきた植物はあります。それを目の当たりにしたとき、私は畏敬と同時に不思議な懐かしさを感じました。植物と人間は同じ歴史を歩んできたわけではないけれど、共生関係にはあったはず。懐かしいという感覚は、私の遺伝子の記憶かもしれない、と。
そんなとき、初めて中国・福建省の武夷山に行ったんです。そこで天然自然のお茶と、素晴らしい人たちに出会いました。初対面なのに懐かしい人たちという印象を持ち、民族も言葉も違う私がすっと仲間に入っていくことができました。すぐに心開いて話をしている自分自身に驚いたくらいです。なんだか故郷に帰ったようなやすらぎを覚え、とても気分が落ち着きました。あ、これも遺伝子の記憶だと感じました。
自然の摂理で生命を終えた植物は、いつか再び蘇ります。しかし、人間が枯らした植物は蘇らない。そこで出会った人々は、それを理屈抜きで知っていました。だからこそ、何百年もの間武夷山でひっそりと生き続けるお茶の仕事を、代々続けてこられたのだと思います。逆にいえば、そうした人間に、武夷山のお茶は護られて来たともいえます。
自分の書きたかった「永遠」とは、まさにそうしたこと、つまり人が日常の中で行なうこと、それが遺伝子に組み込まれ、また誰かの遺伝子の記憶を目覚めさせていく連鎖なのだ、ということです。ですから、書きたい人間像の核が見えたとき、小説としての方向性が具体的になったのです。
――それが明確になってからは一気に書き上げたという感じですか?
左能:そうですね。書く前に、物語の舞台や人物が造型されていたんでしょうね。小説というのは、原稿の上で人間を生かしていくわけで、その生かし方が見えていたんだろうと思います。そのうちに、人物が勝手に動いてくれる、生きてくれるという感覚ですね。それによって私の集中力が引き出されたという面もありました。だから、自分でも驚くくらい早く書き上げることができたんだと思います。
――左能さんには、『岩茶房』というもうひとつのお仕事があるわけですが、それと作家という仕事との折り合いというか、切り替えはどうされているのですか?
左能:延長線上にあるということはまったくなくて、やはりどこかできっちり線を引いている、フィクションの世界に入るための儀式、というほど大げさなものではありませんが、切り替えないとダメなタイプですね。ですから、いろいろな雑事を終えて、食事もして、後片付けもして、夜に書いています。前に書き終えたところから、すぐに物語の世界に入り込んで書き始めるのは難しいので、食器洗いのような単純な作業をしながら、その日に書きつなぐ言葉を探しています。その入り口の言葉さえ見つかれば、すーっと入り込むことができます。
原稿は万年筆で書いています。パソコンって肉体も精神もあまり使ってない気がする。流す作業とでもいうんでしょうか。それに言葉が過剰になる、饒舌になり過ぎる気もします。手書きだと嘘がつけない、正直な感情が写し出されるという感覚があります。書き上げて、もっとぴったりする言葉がないか、この1行は本当に必要か、推敲にすごく時間をかけています。
――『青にまみえる』には、実際に武夷山に毎年通われているという現実の世界が反映されていると思いますが。
左能:もちろん、そうです。これが武夷山という場を体験していなくて、ただお茶をテーマに「永遠」を書いてみようということだと、リアリティの部分で言葉の選択が違っていたでしょうね。それと、今回、結果が失敗であろうと成功であろうと、とにかく、そのときの自分の能力を全部使い切ったと断言できる作品になりました。
武夷山に行くのは今年の夏で30回目になります。25年間欠かさず、現地の人たちと会話をして、一所懸命つくったお茶を、その思いを受けとめて、そして買ってと、最後までお互いに、感触のあるコミュニケーションをしているわけです。ただ単に商品のやり取りだけでない。本当は私、中国という国には好きじゃないところが結構あるんです(笑)。でもそこに、どうしても会いたい人たちが、素晴らしい人たちがいるから、ずっと通い続けてるんです。その人たちに会うための、強力な接着剤がお茶なんです。お茶のことを何も知らなかった私が、これまで熱情を傾けてお茶の仕事を続けて来た背景には、私を突き動かすような魅力を持った人々の存在が大きいですね。
――こちらのお店(岩茶房)で出版記念パーティをなさったたとか。
左能:店のスタッフや、友人、知人、店のお客様などが、本当に手作りでやってくれたんです。予想を上回る約100人の方々が集まってくださって、ぎゅうぎゅうづめで皆さんにはご迷惑かけましたけど、嬉しい誤算でした。ふだん、こういうことを発言する人間ではないので、気恥ずかしい部分もあるんですが、感激しましたし、本当に楽しい時間を過ごすことができました。
――今後、どんな作品を書きたいとお思いですか?
左能:今はまだ、文体をどうしようか、そのテーマを描くのにいちばん自分が表現しやすい文体を模索している段階ですが……。大きな意味でいうと「民族とは何か」というテーマです。今、世界は本当に渾沌としていますよね。政治にしろ、経済にしろ。それを民族という言葉で片付けることがありますが、じゃあ一体、民族って何ですかという視点で書きたいんです。それには、詩のような文体ではダメで、じゃあどんな文体がいいのか、それが見つかれば書き進められるような気がしています。
――それは『青にまみえる』以前からあったテーマですか?
左能:『青にまみえる』を書き終えてからテーマとして浮かび上がってきたものです。とはいえ、自分の中から出て来たものなわけですから、ずっと心の奥にはあったんでしょうね。ただ、小説のテーマとしてきちんと意識したのは、『青にまみえる』を書き終えてからということです。
――「永遠」同様、「民族」というのも、大きなテーマですね。
左能:そうですね。ただし、日常のちょっとしたこと、夫婦間や友人とのやりとりなどでも、民族性って出るんですよ。同じ場面で、日本人、アメリカ人、アラブ人、それぞれ違ってくるわけです。私自身が、実際に暮らして自分の目で見て来たこともふまえて、いろいろな面から捉えていきたいと考えています。今はモヤモヤしているんですけどね(笑)。
30代、40代に、観光旅行でもまあいいんですが、そうじゃない目的のない旅、そこに住む民族と会話し、現地のものを食べる、直接触れる旅を、体が元気なうちにやっておくべきだと思います。
――よく20代のうちに、という意見は聞きますが。
左能:もうちょっと人間的に成熟したほうがいいと思う。それでいて、足腰がしっかりしていて、好奇心もイノセントで、偏見もなく、という時期がいいと思います。そういう意味では個人差はあるでしょうけど。
武夷山でいえば、我々が最初に行ったころは、交通手段が限られていて、東京から武夷山まで丸々2日かかったんです。それが今は、うまく行けばその日のうちに武夷山まで行けるようになりました。そういう意味では世界は小さくなっていると思いますから、どんどん外の世界を見てほしいですね。
――本日は、ありがとうございました。次回作も期待しています。
『青にまみえる 』左能典代/著(新潮社)
酒にではない、お茶に酔ったのだ。中国有史五千年のはるか以前より、福建省の深山に自生し続ける、大地自然の気をたっぷり吸い込んだ悠久の茶。この、水に次ぐ命の飲み物に酔った時から、「私」の運命はゆったりと動き始め……。混迷を深める人の世の底なしの泥沼に、疲れはてた心と体を温かくうるおす、大人のための小説。
目次/「ハミウリの微笑」「静かな人びと」「筏手前」「逆さ雨」「影を抱く」「地霊はささやく」「青にまみえる」
■左能典代プロフィール
静岡県生まれ。立教大学文学部卒業。
出版社勤務後、渡米。帰国後、企画制作オフィスを設立。1980年代初めより中国取材旅行を開始、’88年より東京に、日中文化交流サロン「岩茶房」を主宰。2004年、京都に同サロン設立。’02年、社会文化功労賞受賞(日本文化振興会)。
著書に『ハイデラパシャの魔法』(新潮新人賞受賞)、『プラハの憂鬱』、『中国名茶館』、『岩茶の力』、ほか。