この道はいつか来た道 そしていつか往く道

それまで降りたことのない駅の改札を出て思わず居酒屋を探してしまうのは、酒飲みの性(さが)である。その日も夕暮れにそんな未知の駅で下車し、ネットからダウンロードした地図を片手に目的地まで歩く道すがら、方向は合っているものの、最短距離ではないに違いない「何となくそれっぽい店がありそうな路地」へと足を向けてしまったのはそのせいだ。

妻と2人「ここはチョイとそそる」、とか「これは高そう」、あるいは「どうも常連ばかりで居心地が悪いんじゃないか」などと店の「値踏み」をしながら目的地へ……今回はそんな風にして見つけた店のお話です。


d20141202_pic1.jpg
今回のかんたんレシピは「鮭ディップ」。
以前(第10回)で紹介したレシピの改良版です

****************************************************************************

何を隠そうその日の目的地は「病院」である。

今年95歳になる父入院の報を聞いたのは、暑さがきびしくなりはじめた7月のことだった。容態の切迫はなかったので、仕事の合間が見つかった数日後に妻と2人で見舞いに向かった。実家に1人で暮らす母の様子をのぞいてから父がいる病院へ向かう。

東京城北部、埼玉との県境近くに位置するその病院は、実家から30分ほどのところにあって、周囲はいわゆる東京の下町である。とはいえそこにたとえば「谷根千」のようにふらりと歩き回るような雰囲気がないのは、これと言った名所・旧跡や神社仏閣もない、ごくごくありふれた町工場や住宅の連なる産業道路近くの町だからである。

短期記憶がだいぶ曖昧になった父と、これまでにも何度となく繰り返されてすでに覚えてしまった話を再び聞いて、少しく考え込むような気持ちになって病室を出ると、駅へ向かう道の途中、行きがけに目星をつけておいたその店の引き戸をカラカラと開けた。その趣は俗に言う「昭和を思い出させるような風情」、と言ったら想像がつくだろうか。そんな店だ。

入ってみればL字型のカウンターがあるだけの細長いスペースの居酒屋である。カウンターの中には年の頃なら70デコボコ、といった歳に見える夫婦がいて、2人で切り盛りをしている。

注文した瓶ビールを飲みながらメニューを眺めると、店の外には「串揚げ・串焼き」と書いた看板が出ているものの、青菜のおひたしや塩辛、目刺しや煮込みなどの一品料理も豊富でしかも安い。アタリだ。

酢の物と煮込みを注文して日本酒に移り、瓶からグラスに満たされた常温の酒「武蔵の男山」(埼玉)を口に運びながら妻と両親や自分たちのことをボソボソと話す。

店内には僕たちの他に4人ほどの客がいるが、大声で話す人がいないのでいたって静かだ。奥の方にテレビが一台あってプロ野球オールスターゲームの映像が流れている。音は聞こえるもののほどほどの音量なのであまり気にならない。静かに話しながら家の外で呑むのは本当にひさしぶりだ。

2杯目を注文した時、「男山」の瓶を運んでくる初老と言ってもいい店主の歩き方がとても辛そうなことに気がついた。厨房になっているカウンター内側の壁を見ると、酒瓶が並べられた棚の下に紙が貼ってあり、「店主の膝関節手術のために翌週から2カ月ほど休業します」と書かれている。歩くのがぎこちないのはそのせいだ。

店主が入院し、手術をして戻ってくるまで2カ月。老いた父が退院できるのはいつだろう、と考えつつ、いつか我が身も、というような話を妻としながら店を出た。

 

****************************************************************************

その後1週間ほどして退院したが、それから4カ月経った先週、肺炎と軽い脳梗塞を発症して父は再び同じ病院に入院した。

7月と同じように仕事の合間を見つけて今回も母が暮らす実家を妻と一緒に見舞い、そして同じルートで病院へ向かう。

「甘いものが食べたい」という父に、発熱と「誤嚥」に配慮して買ってきた、具のない冷たいゼリーを食べさせながら前回と同じ話をもういちど聞く。この先、彼に何が待っているのかは僕にもわからない。僕がわからないくらいだから本人にもわからないだろう。夕飯を食べる父を見守る。そしてまた30分ほど話をして病院を出た。

玄関を出て妻と顔を見合わせる。そうだ。あの居酒屋の引き戸を開けてまた「男山」を呑もう。店主は膝の手術から戻ってきているはずだから。

 

****************************************************************************

てなわけで今回は「病気見舞いの帰りに呑む」、というバチアタリな話を書いた今回のかんたんレシピは「鮭ディップ」。以前「第10回」で書いた「鮭マヨディップ」に改良を加えた進化形。前回より手間はチョイとかかりますがそのぶん美味い。お勧めです。ていうか「第10回目」のレシピなんか覚えてないよね。ね(笑)


d20141202_pic2.jpg

え〜、結果から言うと店主氏はぶじ手術から戻ってこられておりました。でもやっぱり歩くのがしんどそう。「膝は良くなったけど今度は腰が……」だって。やっぱり齢を重ねる、てぇのはどちらさんもなかなかたいへんですね。

「子供叱るな 来た道だもの 年寄り怒るな 往く道だもの」

けだし名言であります。
こんなところで今回もコレギリ。次回、年内最後の更新は12月16日です。

【Panjaめも】
●お店はこちら。「例の番組」でも取り上げられてました。しかも2度も。
http://www.bs-tbs.co.jp/onnasakaba/shop/171.html 
http://www.bs-tbs.co.jp/sakaba/shop/569.html 
なんか苦労して見つけた「新発見」が実は「すでに誰かに見つけられていた」みたいな感じでちょっとシャク(笑)

●私、あの「まぐまぐ」でメールマガジンを発行しております。
モリモト・パンジャのおいしい遊び 
こちらでサンプル版もご覧になれます。
登録申込当月分の1カ月は無料でお読みいただけますので、どうぞよろしゅう


morimoto_mailmaga.jpg