ハズレの美学

しかし、やれ芝居だ、コンサートだ、落語だと出かけて帰りがけに一杯引っかけるという組み合わせ、どちらもすべからく「アタリ」というわけではなく、つまり「これはイカン」という、いわゆるひとつの「ハズレ」に当たる(矛盾していますがそういうことです)ことがあるのは必然であります。

たとえば芝居。最近はあまりこういう目には遭っていませんが、若い劇団によくある小さな小屋での小さな公演、舞台に立つ役者さんは口角泡を飛ばし汗をかいて熱演するも早口でまくし立てる台詞の滑舌があまりよろしくない。おかげで何を言っているのかよくわからぬまま芝居は進行、舞台上の温度が上がれば上がるほど客席との距離が開いていく……なんてのはママあること。そんななか、舞台上で繰り広げられる様子を距離をおいて見ながら、たとえば「はたして台詞は伝えるべきものであるのかどうか」、「もしかしたら言葉は音として存在しているだけで必ずしも意味を理解する必要はないのではないか」、などと制作側が聞いたら激怒しそうなことを勝手に考えつつ、その舞台から「自分は何をもらえるのか」を探そうとするのは、なにも劇評家を気取るわけではなく「入場料の元を取ろうとしている」からであります。

音楽にしても、メイン・アクトを目当てに行った公演で、あまり興味の持てない前座(フロント・アクト)に飽き飽き、そういう公演に限ってオール・スタンディングで一度ポジションを空けたらもう戻れない、なんて目にも遭う。そういうときでもやっぱりステージ上の演奏家を見ながら「この人はどういう生活をしているのであろうか」とか「どんな経緯でここに立つことになったんであるか」とかいう、本人にしたら「よけいなお世話」なことを妄想して(それにも飽きるとその演奏家が「玄関ドアを開けて寝るまで」を想像したり)遊んだりするわけです。

いずれにせよ「ハズレ」との遭遇に際しても席を立ってその場を離れることをせず、「ただのハズレ」にできないのは支払った対価をついつい気にしてしまう単なる貧乏根性だとしても、そんなハズレに最後までつきあったことで、時間経過ののちに別の形での宝物を手にできることもあるわけで、「あの『アレ』が今こんなに!」とか「今はこんなに立派だけどオレはキミの『アレ』を見ているんだよね、ふふふ」(イヤミ)なんてことを経験できるようになるんでありますね。「誰」の「ドレ」とは言いませんが。
一方そういうわけにいかないのが「呑み」のほう。どう考えても「スカ」な店に当たってしまったときにはどうしようもない脱力感にとらわれることになります。

たとえば回っていないのに安いことで界隈に知られた寿司店のカウンター、ガラスケースにあった「穴子」に目がいき注文したところ、山のようになったソレを一枚取り出して包丁で切るかと思いきや、山から「ちぎって」(実話)型抜きのすし飯に乗せた。
あるいはチョイと匂う「葱ぬた」がつきだしの居酒屋で出てきた刺身は「凍って」おり、燗酒を注文するや、あの一升瓶逆立ちの「酒燗器」もあらばこそ、厨房奥から「チン♪」という音が聞こえ……などという経験は枚挙に暇がない。
B級という範疇にすら入らないそんな店で、すでに注文してしまったものを待っているときには「もう二度とここには足を踏み入れまい」という後悔と、そこを選んでしまった自責の念ばかりが頭を駆けめぐり、お勘定をすませるころにはすっかり虚しい気持ちになって店を後にするのであります。

とはいえかくして山のように築き上げられた「スカの経験則」はやがて「居酒屋判断力」の糧となり「スカ遭遇率」もだんだん下がってくる。そうなれば「アタリ」の印象ばかりが心に残って「スカ記憶」は年月の経過に薄れてゆき、挙げ句は「人生無駄なことはひとつもない」などと自分の不明を棚に上げて今日も微笑みつつ盃を傾けてしまうのは、脳天気な酒飲みの典型でしょうか。
いやこんなことを書いていても「チン♪」の燗酒も飲んでいるうちに調子が上がって二度三度と注文……なんてこともあるわけで、ひょっとしたら「スカ100%」の店なんてのはないんでないか、とかいう優柔不断な春の宵は「ピリ辛ゆで豚」の簡単レシピでもう一杯。


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しかしこないだ前を通りかかった焼鳥屋、半分開いた引き戸のすきまから強力な演歌のカラオケマイクを握るオジさんが見えたのにはビックリしたなぁ。「焼鳥屋でカラオケ」ってのにも驚いたけど、何よりすごいのはそれ、平日の午後4時だったんだよねぇ。居酒屋の道は奥が深い。ちなみに「穴子をちぎった」件の寿司店は後に店を閉じることになりました。アーメン。

【Panjaめも】
●本「豚ごはん/オカズデザイン
映画「食堂かたつむり」の料理を担当したチームによるレシピ集。
ちょいと道具やなんかが凝っているのでなかなか利用しにくいけど写真がキレイなので調理意欲は増加します。

●スペイン・マドリッドにある豚料理の名店BOTIN
15年ほど前に訪れて豚の力を見せつけてくれた忘れられないお店。
日本語のサイトがあるたぁ知らなんだ。
「当店へのアクセス」とかいわれてもなぁ。行かれませんて(w