写真術という同じテクノロジーを使いながら「ムービー」と「スチル」、すなわち動いているか停っているかでそれぞれ呼び方の異なる「映画」と「写真」ではあるが、ほぼ同一のフォーマットであるフィルムを使うと言う点で、その根っこの部分は同じなのだと思う。
著名なフォトグラファーである繰上和美氏の、初監督「映画」作品である「ゼラチンシルバー、LOVE」は、まさにフォトグラファー(=スチルカメラマン)ならではのキレと説得力のある映像が特徴の「映画」である。
運河のそばの殺風景な部屋で、フォトグラファーの男(永瀬正敏)は三脚に固定したビデオを延々と撮っている。被写体は運河の向こうの建物に住む謎の女(宮沢りえ)。
男は何故女を監視し、ビデオを撮り続けるのか、その理由も解らず延々とその仕事を続ける。雇い主(役所広司)に訊いても、その理由は答えてくれない。
そうしてゆくうちにいつしか被写体の女の、美しさや不思議な行動に魅かれていき、ついにはフォトグラファーの男は、女の後を尾けて歩く。
少しづつ女の正体が見え始めてくる。
そしてその正体が判明した時…
情報量が極端に少ない作品だ。セリフは少なく抑えられ、物語は登場人物たちの行動や表情だけで淡々と進んでゆく。その行動も限られた空間の限られた範囲を動くだけだ。まるで映像の説得力だけで、映画を語ろうかとするかのように。
ワンカットワンカットが、研ぎ澄まされたナイフのように、恐ろしくシャープでビリビリするような緊張感が連続する。反面、基本的には長廻しで撮られているため、映画のテンポはゆったりと、幅の広い川のように緩やかに流れてゆく。出てくる役者も少なく、説明的な場面もほとんどない。
観客は、状況を想像したり、登場人物の心理を映像から読む作業を求められる。娯楽映画ではあるけれど、映画の内容に積極的に加担しなければ置いて行かれそうな、そんな映画なのだ。
もちろんそれを実現させるのは、芸達者な連中がみせてくれる演技あればこそ。抑揚の効いた永瀬正敏の演技は、徐々に女にハマってゆく狂気を言葉少なく体現してくれるし、常に被写体となる宮沢りえの、伸びやかな肢体とエロティックな表情、謎めいた行動はとても美しい。だから、映像そのものに身を任せて、画面をボーッと眺めているだけでも十分楽しめるだろう。
ある種衝撃的とも言えるラストシーンですら、まるで日常の風景を撮るかのように淡々と美しく提示される。したがって、この映画で重要なのはストーリーではなく、登場人物たちの行動や表情、そのシチュエーションから「何を感じとるか」ということなのであり、それは「写真(スチル)」を観て何を感じるかを問ことと同義なのかもしれない。
繰上監督は「写真」を観せるために、わざわざ「映画」というスタイルを選んだのではないか?
ちなみに、この映画のタイトルに含まれる「ゼラチン」も「シルバー」も、フィルムに塗られている「感光乳剤(エマルジョン)」に含まれる(含まれていた)素材だ。いわゆる「銀塩写真」に使われている素材、ということでもある。
デジタルではない少しファジーな部分、空気感を表現できるフィルムの良さ、フィルムの持つ質感、フィルムが描き出すぬらやかなエロティシズム。ゼラチンシルバーでつくられた画像への「LOVE」をぎゅうぎゅうに詰め込んだ、これはおそらく、繰上監督の、映画を含めた「写真」への、大がかりなラブレターなのだと、思うのだ。
ゼラチン シルバーLOVE デラックス版(DVD)
監督:繰上和美
脚本:具光 然
出演:永瀬正敏 /宮沢りえ /天海祐希/役所広司
配給:ファントムフィルム
ジャンル:邦画
公式サイト:http://www.silver-love.com/index.html