流石さすがの映画力、である。是非とも劇場でご覧いただきたい傑作だ。
本作の原題は『MICHAEL CLAYTON(マイケル・クレイトン)』。ジョージ・クルーニー演じる主人公の役名だ。マイケルの仕事は“もみ消し屋(フィクサー)”。弁護士事務所に所属し、表に出ることなく裏で仲介に立って交渉をまとめるという地味な仕事だ。ある日彼に依頼された案件は、3000億円もの多額の薬害訴訟において巨大製薬会社が決定的に不利に陥るある事柄のもみ消しだった…。
昨今の映画製作といえば、小説やマンガなどのベストセラーやヒット作を実写化したものが圧倒的に多い。もともとベストセラーなだけに作品力は確かなものだと裏打ちされているし、そもそも作品に対するファンの数が多いから、そうそう興行的に大コケすることもない、いわば安全パイともいえよう。原作のファンとして話のネタとして観に行く観客も多いので、実際に映画が原作の面白さを超えることはなくとも、一応、それなりの動員は稼げるのである。
DVDやネット配信などで劇場離れが進む中、製作側としても大コケは避けたいところなので、なるべく失敗の少ない作品で望みたいわけだ。結果、映画独自の作品力で勝負する作品はめっきり減ってしまっているのが実情だ。
そんななか、久々に映画の底力を見せつけてくれる作品が本作だ。監督・脚本はトニー・ギルロイ。『ボーン・アイデンティティー』での脚色手腕を評価され、以後、同シリーズをすべて手がけることになった逸材だ。そんな彼が満を持して本作で監督デビューを果たしたわけだが、その力は見事としか言いようがない。ジョージ・クルーニーが脚本に惚れこみ、製作総指揮まで買って出たというのも充分頷ける。まさに映画界の宝ともいえよう。
ジョージの名演技も素晴らしいが、私としてはティルダ・スウィントンを特筆したい。薄皮一枚で…ティルダが自室でストッキングを眺めるシーンがあるのだが、それこそストッキング一枚だけで覆われ、少しの力が加わるだけですぐに破けて壊れてしまいそうな、人間の弱さ、儚さ、愚かさ、不安、自意識と実力のアンバランス等々を見事に表現しきっていた。実は観賞後すぐに「ジョージよりティルダがズバ抜けて凄かったな」と思っていたのだが、その後のアカデミー賞で彼女は見事、助演女優賞に輝いたのだった。
コンプライアンスの重要性が叫ばれるなか、国内外を問わず企業の不祥事が後を絶たない現代。不祥事とは“企業”が起こすのではなく、一人の“人間”によって齎されるという事実。人間としてどう生きるかとは、企業人としてどう働くかということと同義語だという簡単な真実を、そして人間として一番大切なのは“誠実さ”だという真実を、改めて考えさせてくれる傑作だ。
フィクサー(DVD)
監督:トニー・ギルロイ
脚本:トニー・ギルロイ
出演:ジョージ・クルーニー /ティルダ・スウィントン /トム・ウィルキンソン
配給:ムービーアイ
ジャンル:洋画
© 2007 Clayton Productions, LLC