死者の声を聞く男、死を垣間見た女、大切な家族を失った少年。今回、巨匠クリント・イーストウッドが描くのは「死」をテーマとした意欲作。イーストウッドらしい細密な心の描写が生きた感動作となっている。
旅行先で津波に襲われて死にかけた、パリの女性ジャーナリスト(セシル・ドゥ・フランス)。無事に帰国してからの彼女は、呼吸が停止した時に見た不思議な光景が頭から離れず、仕事もうわの空だ。
かつて霊能者として活躍していたサンフランシスコのジョージ(マット・デイモン)は死者との対話に疲れ、今は堅気の仕事に勤しんでいる。
突然の事故で血を分けた家族を亡くした少年は、故人ともう一度話したいと願い霊能者を訪ね歩く……。
こうしたディープなテーマを扱ってはいるが、いわゆる「霊界モノ」のようにそれらしき死後や来世の世界がこれ見よがしにCGで描かれることもなく、霊の声や姿などが現れて何かを示唆したりすることもない。スクリーンに映るほとんどはあくまで現実世界の延長線上に見えること、起こり得ることばかりだ。オカルトというよりはドラマの分類に入るだろう。したがって、そうしたキワドイ映像がお目当ての方々はいささかガッカリするかもしれない。だがそんな御仁たちも鑑賞後は、本作にそんな映像は一切不要だということに気づくだろう。現代科学で解明されてはいなくても、数々の臨床例や証言が示すとおり、死後にも心は存在し生存する……
そうした設定で細やかに描かれ、丁寧に組み上げられたストーリーや様々な描写が、観る者の胸を熱くさせてくれるのだ。
一部のカルト団体が信者から巻き上げた金を無駄遣いしてときどき作る映画のように、現代科学で解明されていないことをあたかも知っているかのように上から目線で描いて教祖がピノキオのようになっている映画よりも、本作ははるかに宗教的だ。わざわざ仰々しい場面を描いてみせずとも、登場人物にそれらしい台詞を言わさずとも、観客に真実を示唆することは可能なのだ。
今までのイーストウッド作品は劇的な感動作が多かったが、本作において呼び起こされるのは、じわじわとくる静かな感動だ。エンタメ作といえばドッカーンとした刺激を、オカルトものといえばキャーキャー騒げるような驚愕映像を求めがちな多くのユーザーにとって、本作は退屈なものと映るだろうか。それとも、生きる上で避けては通れない「死」というものを考えうるきっかけとなるのだろうか。
冒頭の津波シーンはド迫力なので、ぜひ、大スクリーンの劇場でご覧いただくことをお薦めする。大切な誰かと観に行けば、きっと様々なことについて深く語り合えるきっかけになることだろう。
ヒア アフター(DVD)
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ピーター・モーガン
出演:マット・デイモン/セシル・ドゥ・フランス/ジェイ・モーア/ブライス・ダラス・ハワード
配給:ワーナー・ブラザース映画
ジャンル:洋画
公式サイト:http://www.hereafter.jp
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