インセプション

眠っているときに誰もが見る夢。そのストーリーも設定も大概は奇想天外で非論理的だが、夢の中にいる間はそれを現実だと認識している。その夢の世界を『ダークナイト』のクリストファー・ノーランが大胆に映像化。しかもキャストはレオナルド・ディカプリオ、そして日本が世界に誇るハリウッドスター、渡辺謙。面白くないわけがないと挑んだ試写で、期待通りの満足感を与えてくれたのだ。

ドム・コブ(レオナルド・ディカプリオ)は人が夢を見ている間の潜在意識からアイデアを盗むエキスパート。産業スパイが暗躍するこの世界では引っ張りだこだった彼だが、一方、世界中から追われる身となった結果、愛する者をすべて失っていた。だがある日、その罪を帳消しにするという報酬と引き換えに、サイトー(渡辺謙)はもっとも難度の高い仕事を依頼する。それはターゲットからアイデアを抜き出すのではなく、逆にアイデアを植え付ける「インセプション」という作業だった……。

夢を題材にし、破天荒だったり曖昧模糊だったりといったイメージを具現化する映画は過去にも多々あった。そうした作品では登場人物たちは私たちが普段見ている夢同様、滅茶苦茶な設定の夢を不思議と思わず、夢に翻弄されるばかりだった。本作はそうした作品群と違い、登場人物であるスパイたちが特殊な装置で夢に入ることによって意識的に明晰夢(夢の中で夢と気づき、夢を自らの意志で操ることができる夢)の状態を作り出し、明確な意志を持って業務を遂行する。曖昧な示唆の夢にだらだらと流されるのではなく、非現実的でなんでもアリな設定の中で登場人物たちが明確な目的を持つため、ド派手なアクションが見事に成立したのだ。
全世界公開が夏であると意識してかカナダの雪山の一面銀世界での銃撃シーンもあり、爽快にヒンヤリとした気分にもさせてくれる。そんなさりげないファンサービスが心憎い。
ターゲットがアイデアであるという点も興味深い。どんな物質より情報こそが最高の価値を持つ今、観客の誰もがその頭の中にターゲットを抱えており、結果、共感もハンパないものになるのだ。

渡辺謙がこれまでにないビッグな役で本作を飾るのも日本人として嬉しい限り。極秘での東京ロケを行なったり和の美を取り入れたセットが組まれたりするなど、脚本も手がけた監督が最初から渡辺を念頭に置いてペンを進めたというのも頷ける。
実はもうひとり、とんでもないシンデレラガールが存在する。日本語吹き替え版のにしおかすみこだ。声優経験など皆無、芸人としてのキャリアしかない彼女に何故白羽の矢が立ったのか? とある日本のテレビ番組(『紳助社長のプロデュース大作戦!』TBS系)を偶然見ていた渡辺謙が彼女の仕事ぶりにインスピレーションを受け、まったく接点のなかった彼女にその番組経由でオファーをしたのだ。渡辺がにしおかにオファーするその瞬間を私も番組で見ていたのだが、にしおかの驚きようと言ったらなかった。真面目に誠実にいつもの仕事を一生懸命こなしている……それだけで天使が微笑むことがあるのだな、と番組を見ながら感動すら覚えた。その後彼女は現地L.A.でのレッドカーペットも渡辺謙とともに歩き、まさにシンデレラガールそのものとなった。

オーシャンズシリーズ同様、主役たちはワルいことをするわけだから、観ていて少し胸が痛む。だが本作は、ただの痛快アクション映画ではない。勧善懲悪とは真逆のこの設定を見て、あなたは何を思うだろうか。物語が進むうち、観客は当然のことながら主役たちに感情移入し、主役たちの成功を祈る。だが、それは倫理にかなったことだろうか? そんな深遠で複雑な問いが心の中に投げかけられる。劇中に登場するリアル・エッシャーのだまし絵……昇りが下りになり、下りが昇りになる階段。観客の価値観を倒錯させる仕掛けが、本作において壮大に仕掛けられているのだ。

ディカプリオを取り巻く環境が『シャッター アイランド』に激似な点を除けば、ストーリーもキャストも映像も何もかも超一流で、この夏は間違いなくこれで決まりの本作。ぜひ、大スクリーンの劇場でご覧あれ。

インセプション Blu-ray&DVDセット(初回限定生産)
監督:クリストファー・ノーラン
脚本:クリストファー・ノーラン(製作も)
出演:レオナルド・ディカプリオ /渡辺謙 /ジョゼフ・ゴードン=レヴィット/マリオン・コティヤール/エレン・ペイジ/トム・ハーディー/キリアン・マーフィー
配給:ワーナー・ブラザース
ジャンル:洋画
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/inception/dvd/

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