地方在住のクリエイターなら誰しも、仕事が溢れている東京を夢見るだろう。今では売れっ子の漫画家カラスヤサトシの上京、そして上京後の駆け出し生活を描いた自伝的映画が本作である。
無計画で夢見がちな売れない漫画家・カラスヤサトシ、29歳。大阪から上京した貧乏男子に勧められるアパートは、とても人が住めるとは思えないアリエナイ物件の数々。そんな中でも割とマトモな住居を決め、前途多難のおのぼり生活がスタートする。だが上京後1週間、たったひとつだけ連載が決まっていた雑誌が休刊となり、サトシは売れない漫画家からただの漫画家志望の無職になってしまう……。
サトシが住む東京は東京と言えど西東京市の東伏見。窓からはコイン精米機が見え、都会というよりはのどかな田舎だ。とはいえ、故郷を遠く離れた東京であることには間違いない。実は私もれっきとした“おのぼりさん”だが、自分の住所が東京都であるだけでもなんだか嬉しいものなのだ。
だが、どこへ行くにも交通手段は自転車、食べるものにも事欠く貧乏生活でも夢があるから楽しく生きていけたのに、その夢さえも絶たれてしまうサトシ。会社員なら収入が安定しているが、こうしたフリーの仕事はフリーがゆえに不安定だ。東京で小銭を稼ぐのは簡単だが、それだけで生活するのには大きな壁が立ちはだかる。好き好んで入り込んだ職業ではあるが、現実はかくも厳しい。
同級生で一足先に“おのぼり”したカメラマン志望の女子がまた切ない。嘘は酒よりも人を酔わすが、醒めたときの絶望感は凄まじいものがあるのだろう。自分の夢、そしてそれに到達し得ない現実。それをごまかして自分を騙しながら生きていくことの悲しさ。成功した人たちはその秘訣を「諦めないこと」と口にするが、実際には諦めなくとも成功しない人は多々いるのだ、彼女のように。
八嶋智人らが演じる出版業界人たちがこれまた胡散臭く、良い事を言ってサトシを喜ばせたかと思えば手のひらを返して地に落とす。私も音楽業界で経験があるが、圧倒的な買い手市場で発せられるそのテキトーな物言いに実際に接したことがある人にとっては、業種は違えど「あるある!」と思わず苦笑して頷いてしまう場面が多々ある。
そんな業界人がラストでサトシに無責任に投げるセリフ。それに対してサトシはある態度を取るのだが、あのマインドこそが成功か否かを分ける試金石となるのだろう。
おのぼり物語 プレミアムBOX(DVD)
原作:カラスヤサトシ「おのぼり物語」
監督:毛利安孝
脚本:毛利安孝/村田亮
出演:井上芳雄 /肘井美佳 /チチ松村/キムラ緑子/佐伯日菜子/水橋研二/河井青葉/占部房子/徳井優/江口のりこ/哀川翔(愛情出演)/八嶋智人
配給:東京テアトル
ジャンル:邦画
公式サイト:http://www.onoborimonogatari.com/
© 2010「おのぼり物語」製作委員会