「八百万の神」との言葉でも示されるように、古くから日本では森羅万象すべてのものに神々が宿るといわれてきた。
本作は、原生の自然と人里をつなぐ里山をNHKが独自の技術で撮影し、テレビでハイビジョン映像として流されたドキュメンタリーシリーズを劇場公開バージョンとしたものだ。
舞台は滋賀県北部の雑木林。“やまおやじ”と呼ばれるクヌギの老木は、その名のとおりおやじのように恰幅がいい。
春には彼の根元付近に開いた“うろ”に巣を作る蜂たち、彼を飾るかのように可憐に咲くスミレの花たち、そして彼の幹を噛み切ってでてくるカミキリ虫。
夏には彼の樹液を求めて集まるカブトムシたちが決闘を繰り広げる。秋には彼の枝に生ったドングリをリスが食べに来る。そして人間は、彼の体を切り倒す。
だが、幹を必ず残しての伐採は、森を次の世代に引き継ぐための大切な大切な儀式でもあるのだ。冬にはミツバチたちが“うろ”で冬を越し、そして春になると…
やまおやじの切り株から小さな芽が顔を出す。こうしてすべての命たちがめぐり、永遠の循環の中でまたさらにその命たちが育まれていくのだ。
その映像美には、ただただ息を飲むばかりである。春夏秋冬の四季を念頭にストーリーが決められ、それに合わせて撮影を進めていったとはいえ、2006年4月から2008年6月の2年越しの歳月をかけて撮られた映像は、スタッフたちの並々ならぬ忍耐と不屈の精神がなければカメラに収めることのできなかった貴重な映像の数々だ。
ミクロの視点で撮られたその奇跡の映像群は、自然に宿るといわれる神々の存在をも感じさせてくれる荘厳な存在感で、観る者を圧倒させるのだ。
何を隠そうこれを書いている私も、お盆には帰省で山深い田舎の墓参りへと出かける。スクリーンではなく、肉眼で見る自然も、それはそれでもちろん美しい。だが、肉の目では決して見ることのできないもうひとつの世界を、本作は“芸術”として見せてくれる。
心洗われるような癒しの域…
それをもう一段階飛び越えた、神々の尊い尊い意志というものを。
映像詩 里山 〜劇場版〜(Blu-ray)
監督:村田真一(制作統括)/石田亮史
出演:今森光彦
語り:玄田哲章/安井邦彦/?橋美鈴
音楽:加古隆
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
ジャンル:邦画(ドキュメンタリー)
© 2009NHK