バー自体が隠れ家のような要素を持っているが、その中でも隠れ家の雰囲気を持つのが渋谷の「Bar Marge」。映画『太陽がいっぱい』(1960年)のマリー・ラフォレ演じるMargeから名付けたとのこと。リプリー役をアラン・ドロンが熱演。『リプリー』(1999年)のマット・デイモンよりもはまっているのでおすすめ。
「Bar Marge」は、店の場所自体が少し駅から離れたところにあるだけでなく、看板も控えめ。なんとか扉を開けても、近未来的な廊下が延びており、どこが店の入口かわからない。正解は突き当たりなのだが、手前にあるはずの個室やトイレさえ、どこにあるのかわからない。
ドアを開けるとカウンターだけのシンプルな作り。派手ではないが、豪勢なのは一目瞭然。椅子はイタリアのカッシーナで揃えてあり、バーカウンターの後ろには、巨大な木の枝が活けてある。誰もいなかったので、カウンターの真ん中に陣取る。酒のラインナップはそれほど多い部類ではないが、ウィスキーで言えばボトラーズが充実している感じ。ヒュミドールもあり、シガーも用意している。
静かなジャズが流れているが、異様(?)に音がいいな、と感じていたところ、座った瞬間に疑問解消。あまりに大きすぎて認識できなかったが、冷蔵庫のようなスピーカーが目の前にある。右側に目を向けるともうひとつ壁に埋まっている。すごい迫力だ。高級木材を使った巨大なスピーカーはイギリスの老舗TANNOY製。昔ながらの技術を継承した、2チャンネル音声に特化したサウンドは、透明感があり、目の前にバンドがいるような錯覚を起こす。アンプは暖かみのある真空管アンプ。暗い店内で、ほの暗く光る。オーディオプレーヤーはTEAC製だ。ああ、ここのオーナーは趣味人なんだな、と即座に判断。バーテンダーは礼儀正しい若者だが、オーナーバーテンダーではないだろう。7chでも8chでも、最上級のホームシアターを組める予算で、2chのピュアオーディオをチョイスするのは、もう少し上の年代だ。
オーダーは、充実していそうなボトラーズから選んだ。ボウモアの8年もので、マイルドな味わい。度数が56.5度とやや高いので、カーッと来る。とはいえ、1件目なので酒が進む。あっという間に、次のオーダーになりそうな気配。そこで、初めて訪れた店なのに、他に客がいないのをいいことに、少し音量を上げてもらう。うーん、すごい。さらに透明感が増し、普通のシステムでは絶対に聞こえない音が聞こえてくる。
美しいグラスに入った琥珀色の液体をしっとりと楽しむ。やはり、いいグラスで飲む酒はうまい。グラスの縁が薄いほど、酒の味をストレートに堪能できるのだ。そのため、高級なバーでは、オールクリスタルグラスで提供しているところもある。割れたら困るね、と言うと、バーテンダーは口を揃えて「そのときはそれまで」という。「それはグラスの運命ですから」としびれる台詞も耳にした。しかし、オフレコですが、と前置きがあるものの、多くのバーテンダーが口を揃えるのは、乾杯の時に勢いよくグラスを合わせること。居酒屋じゃないんだから、と思いきや、バーだからこそやってしまうケースがあるらしい。シャンパングラスでそんなことをしたら、簡単に欠けてしまう。乾杯は目線までグラスを上げればいい。とはいえ、相手がどうしてもグラスを合わせたがっているなら、避けるのも気まずい。そんなときは、グラスの底の方を軽く触れる程度にする。
基本的に、グラスを割っても代金は取らないところが多い。それでも、クリスタルグラスを割ってしまったら、店の人にも飲んでもらうか、それが無理なら会計時に多めに支払っておつりを受け取らないくらいの心付けがほしいところ。それでチャラになるわけではなくとも、バーテンダーも人の子、印象はかなり変わるはずだ。
【Bar MARGE – 東京】
東京都渋谷区道玄坂1-16-13 西川ビル 1F