3度のメシに追い回されるような、うんざりするほどのろのろした病院の毎日がこともなく過ぎていく。
「日にちが薬」を体現したかのような外科病棟の住人らは、あるいは昨日まで終日ベッド生活だったのが車椅子に乗れるようになり、歩行器だったのが杖になり、杖が取れていく。
6月6日
消灯間近の夜9時少し前、友の娘からのメールを受信した。
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こんばんは。
母の件ですが、このままの状態でもあと一週間持たないとの宣告を受けて、臓器提供を決意しました。
母の腎臓はとても元気で、一つは13才の女の子に提供される事に決まりました。
母の優しさが生き続ける事を願います。
又、母らしい最期を迎える事を私は誇りに思います。
明日が母の最期となります。
満月の月明りに照らされて、安らかに天に召される事を共にお祈り下さい。
お見舞いありがとうございました。
…………
ともかくも携帯を握り締めて病院の玄関先に出た。夢中で祈りを共にしてくれた友人・知人らにメールを転送しながら涙がこぼれた。
ついに来てしまった。この時が来ることはわかっていたはずだったのに、どこかで、医師が友の娘に告げた「ほぼ脳死状態」の「ほぼ」に望みをつないでいたことに今さら気がつく。「ほぼ」などという判断はあり得ない。数時間おきに数回の判定を経て確定される。そのプロセスに入ったということは「不可逆的状態」すなわち蘇生はないということに他ならない。
それでもまだ、微妙なニュアンスにもしかしたら込められているのではないかという科学の狭間にさえ一縷の希望を見出そうとしていたのだ。
何度も何度もメールを読み直した。
「そうか今夜は満月なのか」
見上げた夜空に月はなかった。
人影のない病院の玄関先で号泣した。
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