富士の湯 –犬のいる光景–


vol.4_02.jpg

なかなかどうして今年は残暑がキツイ。
しかしそれだけに今年は湯上りの冷えたビールが格別に美味いのだ。ビールが美味いと風呂に入る楽しみが増す。風呂に入るとビールが美味い。これを"残暑の相乗効果"と呼びますね。
まあそれはいいとして、今回は隅田川からほど近い富士の湯という銭湯におじゃました。

自宅から富士の湯までは自転車をこいでいったのだが、その日は蒸し暑い夜だったので、もうそれだけで"汗だく"になってしまった。牛丼の"汁だく"はうれしいが、中年に差し掛かった大男の"汗だく"はいただけない。なので早いところひとっ風呂浴びて、爽やかな体を取り戻したかった。

早速タオル片手に入り口を入ると、こじんまりした下町の銭湯ながら、なかなかの賑わいを見せていた。男湯の暖簾を分けて脱衣場に踏み入ると、なんと足元に毛のフサフサした大型犬が寝そべっている。

vol.4_03.jpg

銭湯の脱衣場で犬に会うのは初めてのことだったので一瞬ひるんだが、犬は好きなのでそれはそれでよかった。どうやら犬はここの看板娘(雄かもしれないが)らしく、常連らしき客が入ってくるたび、頭を撫でられたり話しかけられたりしている。
犬は常連客が服を脱ぐとモサモサとその巨体をゆらして近寄っていき、客の股間の匂いを"生"で嗅いだりしていた。なかなか勇気ある行動である。

さて、湯の方はなかなかのものであった。ジェットバスに薬風呂、水風呂の他にスチームサウナまである。浴槽が清潔で気持ちがいい。
先ほど犬に"生"で匂いを嗅がれていた老人が、カランの隅でハゲ頭に大量のシャンプーをつけながら、隣に座った他の常連客と大声で世間話をしている。薬湯に浸かっている中年男二人は、その日の巨人戦の内容を熱く語り合っていた。
その昔、銭湯は庶民の情報交換の場だったという。富士の湯のこの光景は、まさにその時代の有り様を彷彿とさせるものだった。

スチームサウナで汗を流していたら、隣に座っていた老人が声をかけてきた。
「兄さんはもう少し頑張るのかい?」
老人はそう言ってタオルでガシガシと顔をこすった。
「ええ、頑張ります」
そう言うと、「うむ」と言い残して老人はサウナを出ていった。
そんな何気ない会話が、なんだか嬉しかったりする。


vol.4_01.jpg

サウナを出て、熱くなった体にシャワーの冷たい水を浴びせた。
「おぉ?!」極楽浄土即身仏。
ガラス戸越しに脱衣場の方を見ると、フサフサ犬が板の間に伸びている。
そんな犬のいる光景もまた、なんだか嬉しかったりするのだ。

『富士の湯』
東京都台東区橋場2丁目21-7