本年度アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演女優賞、脚色賞の主要4部門にノミネートされた本作。惜しくも受賞は逃したが、その圧倒的な存在感は、世界中の映画ファンたちを虜にしてやまない。
ハッシュパピーは6歳の女の子。河川近くのコミュニティー、通称「バスタブ」に住む彼女は、大好きな父親と、そして気も良くて仲も良いご近所さんたちと勝手気ままに暮らしていた。毎日のように皆でお祭り騒ぎをして楽しく暮らしていたハッシュパピーたちだったが、大嵐の襲来を受けてバスタブは危機に直面する……。
もしも受賞したら史上最年少記録を塗り替えたであろう主演女優賞。受賞を逃したことは残念だったが、小さな小さな女の子クヮヴェンジャネ・ウォレスの物憂げな表情はもはやベテラン女優のオーラを醸し出しており、これで演技未経験とは信じがたいほどだ。本作を機に大物になることは確実視されているクヮヴェンジャネちゃんは、早くも名作ミュージカル『アニー』の映画化作品でアニーを演じることが決定したそうだ。恐るべし天才子役、クヮヴェンジャネちゃんの将来から目が離せない。しかし「クヮヴェンジャネちゃん」って、書くのは簡単だが発音するのは一苦労ですな。
驚くことに、父親役のドワイト・ヘンリーも演技未経験とのこと。2人ともオーディションで見いだされた逸材だが、そのオーディションは演技未経験者だけに絞って募集がかけられた。おかげで演技じみたわざとらしさは一切なく、観る者をストレートにバスタブ島へといざなってくれる。
監督のベン・ザイトリンも、これまた本作が長編デビュー作。齢30で本作を作り上げた、新進気鋭の若き才能だ。クヮヴェンジャネちゃんにしろドワイトにしろ監督にしろ、こうして見ると何事も経験だけがすべてではない。特にクリエイティブの分野では、経験が邪魔をして作品がつまらないものになることも往々にしてあるだろう。初めてだらけでアカデミー賞に手が届いたのは、ビギナーズラックだけではない。真の才能の裏打ちがあってこそなのだ。
本作に「自然の脅威」、「自然と人間の共存」、「人間の強さ」を見ると評する向きもある。確かに、そうした一面もあるだろう。だが本作の軸は、ひとりの女の子の成長物語だ。時に自分に冷たく当たる父親の真の意図、隠された気持ちを知ること。自分でご飯を作り、食べ、自立して生きていくということ。それはどんな過酷で不衛生な環境にあろうとも、医療が行き届いた地区に生まれようとも、何不自由ない裕福な家に生まれようとも、本質は同じだ。大切なものに愛情を注ぐこと、そしてそれを失うこと。これは大なり小なり、誰しもが避けることはできない。耐え難い喪失で研がれながら、人はどう輝きを増していくのか。小さな小さな女の子の瞳に、その答えが宿っている。
原案(戯曲):ルーシー・アリバー
監督:ベン・ザイトリン
脚本:ルーシー・アリバー/ベイ・ザイトリン
出演:クヮヴェンジャネ・ウォレス/ドワイト・ヘンリー
配給:ファントム・フィルム
公開:4月20日(土)、シネマライズ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリー 他全国公開
公式HP:http://cosmopolis.jp/
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