泣くな燕/束の間「ほ」八海/ブルーな龍王/絶望の宝剣

大して人に自慢できるような「山人生」でもないが、それでも「山大好き」を自認はしている。はずなんだが、それも「どうかな?」のような心境に陥っていた。
燕岳登山ではすっかり意気消沈し自信喪失も甚だしかった。八海山ではなんとか時間はそこそこだったが、次の龍王岳とそれに続く宝剣岳では疲労蓄積なのか体調を崩し、さんざんだった。もう山へ行く喜びなどかけらも感じられず、苦悩と苦痛に押しつぶされそうだった。最悪な時期だった。

4月の初めに阿弥陀岳南稜で大ブレーキして、なんとかせねばと焦った。2リットル入りペットボトルを10本、ザックに積んで1時間歩くトレーニングを週3で遂行したら、その効果か、4月23日の赤岳南峰リッジでは、鉱泉から行って帰って、どうにか6時間を切って歩けた。


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5月3日
効果があるのなら辛くても頑張ろうと、ザックトレーニングを続け、意気込んで臨んだ燕岳だったが、一向にちゃっちゃと歩けない。急登に継ぐ急登、合戦尾根。どうにも体が重い。すっかりあごが上がった。燕山荘に到着後山頂をピストンで行くはずだったが、たどり着くのに5時間もかかってしまい、到着が午後の3時を回った。おまけに天候も悪化し雪と風が強さを増していた。

翌朝、大天井岳から常念岳、蝶ヶ岳を行くことになっていたが、時折雪も降り、強風にあおられながらで、我ながら情けないほど歩けない。私が遅そ過ぎるせいで大天井の山頂に向かう手前で引き返すと聞いたときは、同行のメンバーにも申し訳なく、ただただ、わが身が情けなく、泣きたくなった。燕山荘前を通過してそのまま下山したから、燕岳の頂上さえ踏めなかったわけで、縦走していれば5日に下山するところを、丸1日空いてしまった。ただ虚しくて切ないゴールデンウィークの最終日になった。

ザックトレーニングは敢えなく中止した。効果がないとかあるとかよりも、膝の関節が、異変を訴え始めていた。合戦尾根の降りでうずうずし出した膝関節の痛みが、いつまでもわずかだか残り、普通に歩いていても不快感を伴った。
それじゃあ、一体どうすればいいんだッ!!!


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5月11日
穂高のコブ尾根の予定が天候で八海山に上った。
薬師岳まで行ったところで雨が降り出し、八ツ峰・岩峰はやれなかったが、なぜか、割とちゃっちゃと歩け、ぐいぐい降りられた。
今となって思うに燕岳山行から八海山までは丸1週間空いていて、その分、身体疲労から抜け出しきることができたから、元気に歩けたのかと考えられる。タフであるということは、時にあたって強いというだけでなく、回復力も旺盛だということなのだろう。
それに所要時間が3時間余と短時間だった。どうも行って帰って5、6時間が今時点の私の体力限界のようなんである。それ以上に長いロングコースだと電池切れした安物の玩具のようにヨレヨレになってしまう。
それを知っているので「合格」と言われても少しも嬉しくなかった。どうやら素直な心さえ見失ってしまったかのようだった。

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5月15日
残雪の龍王岳東尾根。ヘタクソにもかかわらず、バリエーションは好きなんである。が、楽しみにしていた気持ちとは裏腹に体が重い。クライム時はともかく、斜面の歩きがノロノロになる。ってな私がみても「どうなのあの連は?」なパーティーをやり過ごしたら、後方パーティーに追いつかれそうになり大慌て。

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何が大変て、残雪期のバリエーションに使用するグローブの適正判断。その前に、どうも手のサイズ人合ったグローブがなかなか見つけられない。持って行ったグローブはモコモコで厚手過ぎる上に指1関節分ほど余ってしまう有様。
左から右に岩を抱いたような格好で回り込んだ先のスタンスが結構、下がった位置にある。狙いを定めて足を下ろそうとしたら、足が着ききる前に左手が滑った。手袋のブカのせいだ。狙いが狂って足の着地があらぬ岩角へ。足も滑って、すなわち落ちた。落ちた拍子にアバラを打った。相当痛かった。「どうかしてたらヤダな〜」憂鬱になった。怪我などしている場合ではない。モンブラン、マッターホルンまでもう3か月しか猶予がないのだ。


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5月17日
富士山山頂のサミットフォール・アイスクライミングの予定だった。お鉢の最も内側の壁からしみ出した水が凍って氷壁を形成しているのだという。ところが催行予定日の数日前に崩落してしまったというので、宝剣岳の岩場をやることになった。
まだまだ軟弱な私の体は疲労が積もって、しまいには尿量が減ってしまっていた。体中に水分が溜まってむくみ感があった。

歩きだしていくらも行かないうちに体が白旗を揚げていた。それでも鉛のように重い体を引きずって歩く。急な雪渓がとんでもなく長く感じられる。周りの景色など何も目に入らない。ようやく岩場の取り付きにたどりつく。変化にとんだスリリングなルートを行くのは、本当ならドキドキ、ウキウキに楽しいはずなんだが、体の絶不調と取り付までの歩き具合を顧みれば憂鬱で胸がふさがるばかりだった。
下山スピードも思うように出なかったのはいうまでもない。

「どれだけ頑張ったら、強くなれるんだろう?」「強くなり行くスピードをはるかに上回って老化が加速していて、もう進歩なんて望めないのだろうか?」
自身に落胆のあまり、ほとんど絶望していた。

右脇のアバラは体の動きで、どうかすると時折、差し込むように痛む。帰宅してPCの前でメール確認していたらボールペンが転がり落ちた。取ろうとして座ったまま手を伸ばしたら、アバラが「グキン」と音を立てた。同時に胸の奥の方で「パツン」と何かが飛んだ音がした。

 

 

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