浅草周辺は銭湯激戦地区なので、日々銭湯間による激しい戦闘が行われている。
それはもう筆舌にしがたいほど熾烈な闘いなのだ。
先日などは、ライバル関係にある湯屋のオヤジどうしが路上で派手に殴りあっているのを見た。
互いの手には黄色いケロリン桶が握られ、それでポカスカやるのである。
さて、それは冗談として、浅草周辺はそれほど熾烈な銭湯激戦地区であるということを言いたいのだ。
そんな地域にあって、「鶴の湯」は多くの湯客を獲得している繁盛湯屋だ。
私も自宅から一番近い銭湯ということで、この「鶴の湯」を頻繁に利用している。
何がいいって、まず唐破風造りの屋根がいい。粋だ。
そして、サウナが無料というのが素晴らしい。
近頃ではサウナを有料化する吝嗇な銭湯も少なくないが、ここは違う。
まるでお年玉袋に万札を忍ばせてくれる大叔父のような大物感が漂っている。
おまけに浴槽の種類も豊富で、ミクロバイブラバス、エステバス、ボディーマッサージバス、電気風呂、露天薬湯、水風呂など多岐に渡る。
そんなわけで今回は、浅草の大叔父こと「鶴の湯」にお邪魔した。
ポツポツと雨の降る中、暖簾をくぐる。
ほのかに漂う石鹸の香り。
春の霧雨は、熱い湯を恋しくさせるのだ。
番台に湯銭を置いて脱衣場に入ると、すでに地元の湯客で賑わっていた。
私は大胆に服を脱ぎ捨て、まずは古びた体重計に足を乗せる。
これは自分の体重を確認するための行為ではなく、入浴に至る一連の流れの中での大切なパフォーマンス的行為といってもいい。
したがって、体重計の針になど興味はないのだ。
浴場に入場すると、うまい具合にサウナの前の洗い場が空いていた。
私は素早くケロリン桶をつかんでそれをカラン下に潜り込ませ、思い切り蛇口をひねってシャワーを浴びる。
するとどこからともなく、鋭く射るような視線を感じた。
辺りを見渡すと、オレンジ色に灯るサウナの小窓からこちらを覗き込む男の姿があった。
男色家かな? 一瞬そう思ったが、よく見ると近所の床屋のオヤジだった。
やがて濡れマグロのようになってサウナから出てきたオヤジと言葉を交わす。
椅子に腰掛ける私の前で仁王立ちするオヤジはもちろん全裸だ。
すると必然的に目線がオヤジの股間を捉えることになり、私は奇妙な果実に向かって話をすることになる。
髪を切るハサミは実に立派だが、股間の奇妙な果実は……。
いや、それ以上は言うまい。
とにかく、こうしてご近所同士が裸のコミュニケーションを図れるのも、銭湯のいいところなのだ。
その後我々は揃ってミクロバイブラバスに腰を沈め、もうすぐ開幕を迎えるプロ野球の話に花を咲かせたのだった。
『鶴の湯』
東京都台東区浅草5-48-4
TEL03-3872-7753