近年は原作作品が連続ドラマに二時間ものに、そして映画に舞台にと、次々に取り上げられている東野圭吾。当サイトでも公開間近の『白夜行』についての記事が数多く掲載されており、映画はもちろんそれらにも注目をいただければ幸いである。また、肝心の原作本についても、まもなく読書録に加わる……のではないだろうか(笑)。
そんな東野作品の新刊である『あの頃の誰か』。今回、文庫として同時刊行された『ダイイング・アイ』は単行本からの文庫化だが、こちらは“いきなり文庫”と銘打たれているとおりの文庫からの初刊行。昨年末に登場した『白銀ジャック』(実業之日本社)も文庫からであり、東野圭吾ほどの作家でも、一般的に値段が高い単行本を経ずに文庫からというのは、出版不況の波を感じずにはいられない……と余計なことを考えてしまった。まあ、長編の『白銀ジャック』はともかく、本作は短編集なので、文庫のほうがハマるとも感じるのだが。
収録8作中、巻頭作品となっているのが「シャレードがいっぱい」。こちら、バブル期真っ最中に書かれている作品で、スポーツクラブやブランド物や高級車の描写がありありとバブル期を思い出させてくれる。東野圭吾ならば、当時のことを皮肉る内容の作品をいま書いてもおもしろそうだが、こちらは時代の最中ということなので、ものすごいリアリティが伝わってくる。20年ほど前を思い出してつい苦笑いをしてしまう作品だが、ミステリーとしてももちろんキチッと作り込まれている。「当時の東野作品はこの系統のミステリーが多かったよな」、そうも思い出せる一本だ。
「シャレードがいっぱい」が巻頭作品で、かついちばんページ数も多いので、全作品バブル期の苦い笑いと思い出とともになのか……と思ったが、そういうわけではない。その他の収録作は、あの『秘密』(文春文庫)の原型となっている「さよなら『お父さん』」や、“お題フレーズ”からできたショートショート「女も虎も」、どこかほほえましい元名探偵が登場する「名探偵退場」(その後の『名探偵天下一大五郎』シリーズの出発点)など、筆致も仕掛けもさまざま。文末には筆者による「ここまで収録されなかった“言い訳”」も掲載されており、そこには「明らかな駄作だから」などの記述もあるが、決してそうは感じさせない読後感である。
最後に、これという一本挙げるならば「再生魔術の女」。現在進行する登場人物はわずか二人だが、たとえば『変身』(講談社文庫)であるかとか、『パラレルワールド・ラブストーリー』(講談社文庫)であるとかの東野圭吾のタッチが好きな人(「好き」という言い方でいいのかなあ)にはたまらないはずだ。ちなみになぜ収録されなかったかの“言い訳”には、「これまで最後の短編集に(初出が)間に合わなかった。なぜ未掲載か不思議だったが、それが理由」の旨が書いてある。ほら、やっぱりよさそうでしょ?
作者名:東野 圭吾
ジャンル:ミステリー短編集
出版:光文社文庫