厳冬の北アルプス北穂高、前穂高、奥穂高岳登攀の描写は著者もまた相当の「山屋」ということを言わずもがなで語っている。恐ろしく「山岳小説」であり、幾分やっかいでしんきくさい「恋愛小説」であったりもする。
二人の山男と二人の女性。女性側から見た「山男」像に異論があろうはずはない。間違いなく雄雄しいカモシカ。カッコイイんである。
「山男」側から見た「女性」像。これは微妙。すがすがしくスッキリ、きりっと岩壁に立つ雌カモシカ、あるいは岩肌に人知れず咲く野生の花とばかりは限らない。案外「園芸種」や血統証つきシャム猫系に弱かったりする。
「山男」が最も生き生きと存在を明らかにするフィールドに対抗キャスト・園芸種を「あてたい」などという自己矛盾を抱えていたりもする。
「魚は水に、女は家に」「振り返ればそこにいる」存在としての「女性像」を結ぶのは山男とて例外ではないらしい。
いやいや、そんな話で終始してばかり、というわけではない。
岩壁登攀中に起こった「事故」を巡って紛糾する。果たしてザイルは切られたのか?切れたのか?
山々と取り巻く容赦ない自然は怖いばかりにリアルで美しい。俗に言う「女、子ども」を寄せ付けない世界が広がる。
だからこそ、二人の典型的な「山男」が揃いも揃って「園芸種」にしてやられている。そこんとこ、なんとかならんのか?!と言いたくもなる。
作者名:井上 靖
ジャンル:山岳小説
出版:新潮文庫