ヒトラーの防具

ジャケットのポケットに入れて持ち歩くと、間違いなく型崩れする。上下とも550ページからの超長編。まずはお覚悟!
「防具」とは日本の伝統武道「剣道」で使う「防具」。つまり「面、籠手、胴、垂れ」を指す。
となると「ヒトラーの防具とは?」は当然の疑問だが、それについては読み出せばすぐに分かるので教えない。

わずか25ページで長い「回想」に入る。そしてそれは上下巻に渡り延々と続き、時間が引き戻されるのは下巻・最後の14、5ページのみ。息の長いスタイルの展開だ。

回想は1938年から回り始め、第2次世界大戦勃発の前段階ともなった「日独伊」三国同盟締結で「上巻」から「下巻」へ引き継がれる。
となれば、戦争終結までの7年間が上下巻で語られるだろうことは察しの通りだ。

舞台はベルリン。回想の主はドイツ人を父に日本人の母をもつ香田光彦。ドイツ人をして敬服せしめるほど美しいドイツ語を話す。帝国陸軍武官としてドイツに赴任し、日本の帝国主義とナチズムが戦争へなだれ込む様を逐一目の当たりにして、「人として」聡明なるがゆえに苦悩する。

先にドイツに渡った兄・正彦が「精神科医」という設定はいかにも著者のフィールドを思わせる。
微微細に入る史実説明は驚きの仮説を基にしたストリー展開を強烈にサポートする。
凄惨な歴史背景のストーリーに切ないロマンスを織り込んで、読者をひきつけることも著者ならでは。フィクションとノンフィクションの緻密に計算され尽くした「掛け合わせ」にはうなるほかはない。

読後に考え込んでしまう。涙もろさを自認してはいるのだが、単純に泣いて自浄作用を楽しむ気分にはなれなかったのはなぜか。
現代に生きる我々が何を考えなければならないか、著者の主眼はそこにこそあったのではないか。

あの信じがたい事実・紛れもない史実を「世界史の狂気・汚点」とは言うが、かの時代と今といかほどの違いがあるだろう。
「悪しき」エネルギーの内在も含めた人間存在を想う時、「人」の内面に潜むマイナスのエネルギーが、歴史経験を経て洗い流されたとは言い切れない。現代の世界状況に目を転じれば、恐怖さえ覚えるではないか。

様々な意味で世界が、日本が岐路に立たされている今、本書を心より熱くおすすめする。


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作者名:高橋 三千綱
ジャンル:小説
出版:角川文庫

ヒトラーの防具(上)
ヒトラーの防具(下)